同棲、九十四日目。



先生の話は、完結的にまとめる事が出来た。
つまりは、自分の実家がある県に構えている研究室で恩師の方の研究を進めている最中に野邊先生も偶然自分の実家に帰っていて、実は中学の同級生だった事が発覚。同窓会と称して巻き込まれ、複数人で誕生日を祝われた。と、そういう事らしい。
先生はあたしに嘘をつかない、とあたしが勝手に思っているのだけれど、多分、嘘ではない。
だって先生はいつも通りにタバコを吸いながら話して、一通り話し終えたら準備したコーヒーを飲んだのだから。
納得は、した。

「二人きりってわけじゃねェ。安心しろ」
「……はい」

頭をくしゃあっと撫でられた。

「おめーは劇の心配でもしてろ」

観に行ってやるからな。と言われて、顔から血の気が引いていく。
明後日は演劇部の劇がある。台詞はなんとか覚えれたし、通し稽古も難無く出来た。はずだ。
それでも一気に不安が押し寄せてきてしまってそれが表情に出たのかもしれない。今度は落ち着かせるように、優しく、先生が頭を撫でてくれた。

「心配するな。とちったら笑ってやる」
「それ余計に不安になるやつですよ!?」
「なんでも練習通りにはいかねぇもんだ。だったらいつものおめーらしく演るしかあるめーよ」
「まぁ、そうなんですけどね…」

先生から勇気づけられる日がくるなんて、という言葉は飲み込んで、撫でてくれる手に身を委ねる事にした。
心に一抹の不安がやっぱり残ったが、先生はちゃんと話してくれたし、野邊先生の件はひとまず置いておくことにする。
明日の事に集中しよう。3Zのキャバホス倶楽部のシフトの合間にリハーサルとなる稽古もある。大丈夫だ、やれる。
先生に、部屋で寝るか? なんてふざけ半分に言われたが、自分の貞操は守りたいので自室へと戻った。
台本に目を通す。台詞は、覚えた。あとはやりきるだけ。演技経験なんて無いけれど、あたしらしく演じてやろう。




「楽しみでござるな!」

感情を顔にあまり出さない同僚が、劇のパンフレットを持ちながら話し掛けてくる。
体育館には他の生徒や来校者の姿がちらほらとあり、転換時間だからだろうか空いている席は疎らにあった。
最後列で観劇するつもりでいたのだが、言葉の通りに楽しみにしていた同僚のせいで、見やすいであろう中央付近の客席が空いていたのでそこに座る事になった。
開演五分前を告げるアナウンスが入り、次第に客席が埋まりだしてくる。
なんだか拙者が緊張してきたでござる。と、万斉が独り言のように呟いたが、それに関してはガラにも無く俺も同じだった。
緊張という意味では異なるかもしれないが、普段から見ているあのちんちくりんがどんな変化をもたらすのかは楽しみだ。
そして昨晩、アイツが部屋に戻って言った後、滅多に鳴らない携帯に着信があった。それはアイツの両親からで、どこから仕入れた情報なのかは追求しなかったが、今日の劇の事を気にしているような内容がほとんどで、ちゃんと見て来いと念押しをされてしまっては失敗も何もかも細かく見なくてはいけない。
ガヤガヤと周りが騒がしくなる。周りを見渡してみれば満員御礼、立ち見までいやがる。その立ち見の中に見知った銀髪が居たが、気にしない事にした。

「そ、そろそろでござるな…!」
「震えてるな。俺が見とくから他の見回りにでも行ったらどうだ」
「これは武者震いでござるよ」
「なんでおめーが武者震いするんだよ」

こんな同僚を見る事は珍しい。意地悪だとアイツにもよく言われるが、正にその通りかもしれないな。
しばらくして開演のアナウンスの後に開演ブザーが鳴る。
照明が落ち、舞台の幕がゆっくりと開き始めるのと同時に音楽が鳴り出した。



「よォ、大根役者」
「先生の意地悪」
「そうさな。大根に失礼だな」
「あたしに失礼ですよ!?」
「晋助はこれでも褒めてるでござるよ。拙者が見ても良い演技だった。お疲れ様でござる」
「河上先生はどこぞの保健医より優しい!」

劇が終わり、野邊先生から逃げるように着替えて自分の教室へと急げば、やっぱりというかなんと言うか、3Zの教室は繁盛していた。
そして劇を見ていたであろう教師2人からの指名にも応じたのだが、劇の内容の事ばかり話されて少しむず痒くなってしまう。
教室に戻ってきた時も、クラスメイトに囲まれて恥ずかしくなった。
公演している1時間の間、ゲテモノ倶楽部と化していたのは銀八の計らいらしい。売り上げは全く無かったそうだ。

「そういえば、体育館から出る時にここの厨房主達にも会って話に花が咲いたでござる」
「神威さん達まで何やってんの!?」
「人気者だなァ、名前」
「皆でからかってるだけですよ…」

これで台詞を噛んだりしたものなら、笑いものにされていた事は間違いない。自分なりの演技が出来た、と思う。
リハーサルでも部員からダメ出しされなかったし、きっと、本番も大丈夫だったのだと思いたい。

「しかし、文化祭も明日で終わりでござるな……学生の時分を思い出していたのだが、拙者の時はこう楽しむ事は無かったから懐かしいでござるよ」
「楽しまなかったんですか?」
「正しく言うと楽しめなかった、だな」
「んー? どういう事でしょう?」
「拙者と晋助は大学院で再会したのだが、他校の連中が晋助目当てでやって来て乱闘騒ぎでござる。いやぁ、懐かしい」
「おめーも俺をバンドにしつこく誘ってきてたじゃねェか。あの時はかなり鬱陶しかったぞ」

……知りたくなかったかもしれない。
いや、でも、先生がバンドしていたなら、楽器は何だろうか。河上先生はギター持ってたハズだからギターでしょ。だったら、ボーカル? それともクールな感じだしベースかな。いや、ここはあえてのドラムとかカッコイイのではないか?

「やってねェからな」

あたしの想像は、先生の理不尽な一言によって打ち砕かれてしまう。
理由は、河上先生のダサいデニムの衣装が気に食わなかったからとかなんとか。そりゃあ、一昔前のヴィジュアル系じゃああるまいし…と感想を持ったが、あたしにとっては一昔前でも先生達にとっては当時の、になるのか。
じゃあそんな衣装を提案するのも致し方ない。…のかな?
河上先生のセンスを追求するのは止めて、オレンジジュースを一気に飲み干す。喉に潤いが戻ってきた。

「おい、そろそろ行くぞ」
「本当はもっと苗字さんと話したいのだが、致し方ないでござるな…」
「サボるなら言い訳考えとけよ」
「晋助じゃあるまいし」

別の教室へと見回りに向かう2人を見送り、あたしはあたしで残りの時間を楽しむ事にした。
見回りから戻ってきた銀八に散々劇の事を話された結果、黙らせる為に腹パンする事をあたしはまだ知らない。


平穏な文化祭は一体どこへやら。

(2016/10/18)
(2019/09/06 再編集)