同棲、九十五日目。
高校最後の文化祭が幕を閉じた。
初日はどうなる事かと思ったけれど、なんだかんだやりきって良かったと思う。
そして今年も3Zが売り上げトップで一安心。もう思い残す事は無い。うん、無い無い。
「おい 名前 。いつまでも文化祭の感傷に浸るなー」
べし、と日誌で頭を叩かれた。そんなに痛くは無いけれど、もう少し加減して欲しい。
つまらないホームルーム時間に外を見ちゃいけないものなのか、と思ってしまうが、まぁそれはそれ。
一応教師という職を全うしている銀八の話を聞いてやろう。
「今から配るプリントはちゃんと親御さんに見せるように。あと提出は金曜日までな」
文化祭が終わって、代休だった月曜日も終わって。日付が変わった火曜日の、全ての授業が終わってから始まるロングホームルーム。
銀八が配るプリントには、進路相談日程についてと書かれていた。
そうだ。あたし達は今更ながら三年生だ。受験勉強をしている人はもう春から始めていたり、もっと早い人だと一年の時から受験の準備をしている筈だ。
正直に言うと、あたしは将来何になりたいかとか、何がしたいかとか、何も決まっていない。
確か、トシとかは警察官とか言っていたし、皆――少なからずとも神楽以外は考えているだろう。
さて、どうしたものか。
「じゃあ気をつけて帰れよー」
ホームルームが終わり、ガヤガヤと騒がしくなる教室。案の定というか、席の近い妙が帰り支度をしながら話し掛けてきた。
「名前はどうするの?」
「んー……考えてない。とりあえず大学は行こうと思ってるけど…」
「私もそんな感じね。大学出て、一流企業に勤めてお金を貯めないと 」
「アタシは世界征服ヨ! 名前も一緒にどうアル!?」
「……それは遠慮しとく」
ここは乙女チックに高杉先生のお嫁さんとか書いとくべきだろうか、と一瞬、ほんの一瞬そう思ったが、本人を含め四方八方から反対されそうなので真面目に考えてみる。
――うん、何も思いつかない。
前回の第一回進路希望には銀魂大学と書いたはずだ。とりあえずそのまま進路を変えずにしておこうか。
「土方くん達は警察官だったかしら?」
「ん? あぁ、まぁそうだな。俺達は近藤さんに付いていくだけだ」
「そこのゴリは警察官になる前に警察に世話になりそうだけどな」
「人のリコーダーになにやってんだこのゴリラァァ!!」
「あぶべっ!!!」
神楽の言うことにも一理ある。
あるにあるけれど、それは置いておいて、だ。今は自分の事を考えなければならない。
先生にバイトで先に帰る旨と後で相談したい事があるとだけメールを入れて、帰りながら妙達に相談してみよう。
神楽はまぁなんとも言えないけれど、妙は親身になって相談に乗ってくれそうだ。
あとは、そう、例えば――、
「進路? あぁ、俺は気にしたこと無かったなぁ」
結局帰り道で話が終わるわけもなく、神楽には悪いが2人に喫茶店に来てもらう事となった。
そして、当初の予定通りに神威さんにも話を聞いてもらってるわけなのだけれど……やっぱりあまり意味の無い返しをされてしまう。
やっぱりと言ってしまっては神威さんに悪いのだが、以前に阿伏兎さんから色々聞いていた事を思い返すと行き当たりばったり感もあったので、これはまぁ致し方ない。
「このクソ兄貴。名前が悩んでるんだからもっとちゃんと答えろヨ」
「そういう馬鹿妹はどうなの? 進路とか決まってる?」
「あったり前ネ! 世界征服アル!!」
「……親父、苦労してんな…」
最初よりかは仲がマシになった気がするこの兄妹。これはこれで良い結果だと受け止めておく。
なんだかんだと神楽は神威さんを慕っているし、神威さんも神楽を可愛がっているのだから、一人っ子のあたしには分からない出来事があったのだろう。
「神威さんは、どうして喫茶店を?」
「あぁ、そうだね、うん。それは阿伏兎が――」
「俺をダシに使うんじゃねェぞ店長ォー」
厨房から聞こえてくる声にうっすらと目を開けた神威さんだったけど、元のニッコリ顔に戻る。
阿伏兎さんは、確か、神威さんに言われるがまま喫茶店を始めたって感じだったし。ちゃんとした理由をあたしも知りたい。
「そうだね。俺の家って貧乏でさー。お袋は体弱かったし、親父だけの稼ぎじゃどうも出来なかった。だからどっかの大飯食らいの為に食に困らない職に就こうと思ってね。丁度良く留年人生から卒業できた阿伏兎からも、何か店やらないかって誘われたし」
「あら、じゃあ神楽ちゃんの為に?」
「私よりクソ兄貴の方が飯食うけどな」
「そこは嬢ちゃんに同意だわな。いつの間にか冷蔵庫の中の物が減ってて困ってんだ」
「阿伏兎…何出てきてんの? 殺しちゃうぞ」
「へいへい。すみませんねー。名前ちゃん、これ、5番テーブルのケーキセット」
「あ、はーい!」
話に夢中になっていたが、一応バイト中だった。
カウンターに置いてくれた色とりどりのケーキが乗るケーキスタンドと小皿を運んでいく。
テーブルには仕事終わりなのだろうか、小綺麗なスーツを着た女性のお客様だった。
終始神威さんの方を見ているのできっと神威さん目当てだろう。やっぱりモテるなぁ。あたしは神威さんよりもケーキの方がそそられるけれど。
「それで、二人は進路どうするの?」
「私は……とりあえず進学です。新ちゃんの事もあるけれど、うちも母が早くに亡くなって父の髪の毛が心配なので、ちゃんと勉強をして、いい男を捕獲出来ればと思ってます」
「姉御ならパソコンを沢山ゲット出来るアルよ!」
「神楽、それパトロンね…お兄ちゃん悲しいぞ」
「それで名前ちゃんは進路が決まってない、と。いやぁ、難儀だねぇ」
「大学には行こうかなって。ただ、両親はまだ海外だし、自分一人で決めるのもなぁ…って感じですかねー」
じゃあさ、と神威さんが閃いたように手を叩く。
「ここで働きなよ。大学行ってる時はアルバイト続けて、卒業したら就職するってのは? そして俺のとこに永久就しょ――っづ!」
「すまん、店長。手が滑った」
「……阿伏兎……本気で殺しちゃうぞ…」
まぁ、永久就職は無し。でも、このお仕事は好きだし、就職してみるというのもいいかもしれない。
家からもまぁまぁ近いし、大学に受かったら通学路にもなっているし。
……そこは考えておきますと話をしておくことにする。
その後、お客さんも増えた事もあって時間も遅くなってきたし、進路の相談的な女子会的なのは解散となった。
仕事帰りの女性客で賑わう夕方以降は神威さんも率先して接客しているからか、お客さんが増えたのも神威さんの接客が関係しているからだと思ったけれど、まぁ、集客に繋がるのでそこは何も言わない事にして。あたしはあたしの仕事を頑張ろう。
「はい。これ、お給料ね」
「あれ? 今日ってお給料日でしたっけ?」
閉店したお店の締め作業をしていたら、カウンターに置かれる封筒。給料日はまだ先のはずなので、頭にはてなマークが浮かんでしまう。
「いや、違うけど、先月に1日だけ急に入ってくれたでしょ? その分、お給料に加算されてなくてね……うちの阿伏兎のせいでごめんね?」
「あー、なるほどです。理解しました。有難く頂戴します」
封筒を受け取る。臨時収入ゲット!
「今日は迎えに来ないの?」
「え? あぁ、先生ですか?」
「うん。今、名前ちゃんの面倒を見てるのって晋助なんだから、相談してみたらいいんじゃないかなって」
「あー……うん、そうなんですけど、ね…。なんか、どう話したらいいんだろうって」
「そのままでいいだろ」
厨房の片付けが終わった阿伏兎さんが会話に入ってくる。
でも、まぁ、確かに一理あるわけであって、特に言い返すことはしない。
「名前ちゃんのその悩んでいる気持ちのまま、ぶつけてみたらいいと思うよ。うちの馬鹿妹もあんな事言ってたけど、一応、考えてはいるみたいだし」
「神楽…大人になって……!!」
「泣くとこじゃないと思うけどね」
と、会話が一段落した所で店内に鳴り響いた着信音。言わずもがな、あたしのものだ。
「そろそろあがろうか。今日もお仕事お疲れ様でした」
「はい! お疲れ様でした!」
事務所兼更衣室でメイド服から制服に着替える。
そのついでで携帯を確かめれば、思った通り、高杉先生からの連絡だった。
今から迎えに行く、の文章だけで嬉しくなる。今着替えてます、とだけ返信して、早めにお店を出ようと思った。
「お先に失礼しますー!!」
「お疲れ様ー」
「お疲れー」
二人の声を聞いてからお店を出る。
季節は秋のど真ん中に入ったけれど、まだほんのりと暖かい気候が続いているのでそれほど寒いというのは無い。
もうすぐ衣替えだなぁと夜道を歩けば、前方から見覚えのある赤い車がやって来た。
軽くクラクションを鳴らし、一時停止する車。高杉先生の愛用車だ。
「お迎えありがとうございます」
「あぁ」
助手席に座れば、そのまま発進していく。
車内は音楽もかかっておらず、エンジン音がBGMとなっていた。
「…先生」
「なんだ」
「先生って、先生の先生がしていた研究? を受け継ぐ為に先生になったんですよね?」
「まぁ、…そうだな」
「じゃあ、先生以外に夢とか、目指したい事とか無かったんですか?」
「そうさなぁ……」
暫し間を置かれてしまった。いきなりの話題過ぎただろうか。
「――……世界征服」
「いつもボケないのにボケた!?」
「ンなわけあるか。阿呆ぅ」
「ですよね!!」
気を取り直して、進路について悩んでいる事を話してみる。話してみるのだが、やっぱりどう言えばいいかわからない。
夢とか、目指している事とか、本当に自分の中に見当たらないのだ。
「進路か」
「はい、まぁ…」
「大学には行っとけ」
「一応そのつもりですけど…」
「そこで見つけたらいい」
「え?」
「大学で色んな人間と触れ合って、そこで目標を見つけたらいい」
まともな回答を得れたような気がする。
何も目標とか無いままで大学に行っても良いのかと思っていたけれど、そういう考えもあるのか、と思った。
「まだまだガキだな」
「なんでですか…」
「進路なんて後々考えりゃいいんだよ。とりあえず勉強して、とりあえず就職して、そこから出来る目標だってある。ガキがいっちょ前に考えなくていい」
「…はい」
「ガキはガキらしくしとけ。まだ周りに迷惑かけて甘えときゃいい」
あー、なんだろう。高杉先生に言われるとちょっと納得してしまう。
一人前の考えは後から付いてくるものだ、とも付け足しされ、ある意味先生の経験談なのだろうその言葉は、私の考えを落ち着かせてくれる。
夢とか、そういうのはまだ無いけれど、まだ時間はあるからゆっくりと考えてみるのも悪くは無い。
「じゃあ、第二希望は先生のお嫁さんって書きますね」
「ガキか」
「ガキですもん」
「ククッ、銀八が卒倒するだろうなァ」
「ですね!」
翌日、本当に卒倒した銀八があたしを連れて保健室に殴り込みに行ったのは、言うまでもない。
久しぶりに先生が楽しそうにしていたから、そこは銀八に感謝。
(2017/05/12)
(2019/09/06 再編集)