熱帯夜とはよく言ったもので、真夏にするセックスほど酷なものはない。
それこそ冷房が完備された部屋で行為に及ぶのならまだ体力の消耗は激しくないだろうけれど、外から取り入れる風だけでその場を乗り越えようとすれば精神的にも体力的にも、あと気分的にも萎えてくるものである。
とは言いつつ、暑さで思考回路は蕩けていくのだが、尚且つ男よりも女の方が快楽が何倍にもなるという運動をしている事もあいまって私の脳みそは、身体は、精神は、目の前の愛した男しか受け入れられなくなってきた。
膣内を抉るように動かされ、快楽の深みへと誘われるように短い言葉しか発することが出来ない。それを楽しそうに上から眺めてくる男の、閉じられていない右目を左手で抑えた。
その瞬間に男の口角は上がり、左手首を掴まれたと思えば男の口元へと動かされ、刹那、にゅるりとした生暖かい感覚が自分の掌と指の間を駆け巡る。私の身体はその何の意味があるのかわからない行為に反応し、全身にぞわりと恐怖に似たような、それでいて満たされる快感が駆け巡った。
変な、声が出る。いや、先程から声という声は出ていないのかもしれない。もう音しか発さない私の唇を舐め取るかのように男の舌先が伸びてきて、手で感じた感覚と同じモノが咥内で暴れまわる。
それを止めるように舌で対抗すれば、謀ったかのようなくぐもった笑い声が聞こえた。水の中に居るような咥内で奏でられる水音は激しさを増し、聴覚でさえも全て支配されている気がした。
それを考えてしまえば、あとはこの快楽という海の中へ沈んでいくだけ。
色々な音が色々なリズムで演奏会を繰り広げている室内には熱気が立ち込めているのだろう。
このまま二人で溶けてしまえれば、どれ程楽なのかと考えてしまった。
液体上になっても、気体上になっても、一緒になれるのなら。どんなに幸せなのだろうか。それくらい私が男に惚れていて心酔しているなんて事に気付いてしまったが最後、塞がれていた唇は開放され、互いの指同士が求め合うように重なる。
演奏会は最後の演目になってしまったようだ。私の口から発される音も、男から僅かに聴こえる吐息もアクセントとなって演奏を盛り上げていく。
――私の頬に、水滴が落ちてきた。
この海は深い。どんなに潜っても底が見えないくらいに深く、空を目指して上へと向かったとしてもどこが上なのか、そして左右さえもわからなくなる程に、深い。
抱きしめられた指も、手も、首元に埋めてきた顔から感じる僅かな吐息にも、そして未だに脈打つ男の身体全てが愛おしくなり、一言、「好き」と呟いた。

「……ねぇ、汗、凄いよ」
「当たり前ェだ」
「晋助も、汗、かくんだね」
「俺はクリーチャーか何かか」
「スライムって、汗かくのかな」
「知るか」

荒い呼吸を誤魔化しながら、どうでも良いことを言い合う。
密着した肌同士が汗のせいでぬめりを増して、晋助の腰に回していた足がシーツ上へと滑り落ちた。
汗も滴る良い男、というのはコイツのことを言うのだろうなぁと、火照る身体が落ち着くまで繋がったままの接合部の感触を感じていれば、晋助がゆっくりと動き出す。
――ずるり。擬音にしてみると、そんな感じ。
塞ぐものの無くなった穴に少しばかりの寂しさを抱いていれば、お腹の上に置かれる箱ティッシュ。「ん」「ありがと」なんて簡素な会話だった。
どこぞのエロ漫画よろしく繋がったまま二回戦に突入なんて、男がかなりの絶倫じゃないと難しいし、それを受ける女も快楽に慣れていないと相性が合わないだろう。あと、若気の至りとか。
二十歳を過ぎて数年。いい歳になっている私達にそこまでの余力は無い。というか、私が無い。男と女の体力差だ。受け入れなければならない。特に女は十代後半で成長の曲がり角を迎え、二十代後半には体力や肌の曲がり角に突入する。つまり私の残りの人生はもう老化していくだけなのだから、男側には理解して欲しい。あと毎月の生理の辛さも。

「風呂、行くぞ」
「……うーん……」

先に立ち上がり、脱ぎ散らかした服の中から自分のボクサーパンツを探し出してとりあえずで穿いた晋助は、立ち上がりながらもやっぱり私を見下ろしていた。
セックスをした後は所謂賢者タイムがつきものだ。男だけではない、女にも賢者タイムはある。まぁ身体的な辛さで言えば、女の方が辛いと思う。男の欲望を一身に受け入れるのだから、そりゃあもう疲れるししんどいし怠い。
仰向けのまま晋助に向かって両手を伸ばす。いつも通りの機嫌悪そうな顔で、説明を求めてきた。

「……抱っこ」
「ガキかよ」
「だってしんどいんだもん。起きれなーい。歩けなーい。抱っこかおんぶして」
「わがまま」
「女はわがままな性分なんだよ。知らなかった?」
「……チッ」

舌打ちをするものの寝転がったままの私の元へとやって来て、雑に肩と膝下へ腕を伸ばし、でもゆっくりと身体を持ち上げてくれた。

「ねぇ、これは恥ずかしいんだけど?」
「わがままなオヒメサマは丁重に扱わねェとなァ」
「なんか馬鹿にされてる気がする」
「よく気付いたな」
「くっそ」

まぁ、オヒメサマ扱いされたことついては嬉しいので文句は言わないでおく。そんな年齢ではないけれど、女としては女の子として対応してくれる事が結構嬉しいのだ。大人になってしまえば、そんな扱いをされなくなってくるし。
女子高生がブランドだと言われるように、女性の年齢がクリスマスケーキに例えられるように、歳を取れば取るほど損しかしなくなる。

「着いたぞ。おりろ」
「自主的にとか難しくない?」
「……チッ」

こういう時にワガママを言ってみたら、意外と通じるものだ。普段は文句しか言わない晋助も、悪態をつきながら私をゆっくりと浴槽の縁に下ろしてくれた。
いや第一、抱きかかえられているのだから、自主的に下りろというのも無理な話だ。私は私で晋助の首に腕を回しているわけである。晋助が下ろしてくれないと無理。
浴槽の縁は冷たくて、身体に残る熱を吸い取ってくれているような気がした。

「この時間にお風呂、怪しまれないかな」
「さぁな」
「他人事ですねー、提督」
「うるせェ」
「うわっぷ」

シャワーから出た生温い液体を顔にかけられ、体制を崩しかけた。すぐに抱きとめてくれる所は、本当に男っぽいのに、素は子供だ。
鼻に入ったお湯はそのまま喉を通るように移動してしまったので何度か咳き込んでいると、晋助は楽しそうに笑う。本当に、性格が悪い。
私のことは構わずに先にシャワーを浴びだした晋助の身体には傷が多い。刀で斬られた傷と見受けられるものの中には、痕となっているものや比較的新しいもの。たくさんあった。
それを人差し指でなぞってみると、少しだけ、彼の身体は揺れる。

「……なんだ」
「いや、痕になってるなって」
「そうか。おめーにもつけてやろうか」
「要らない。お嫁に行けなくなる」
「ククッ、そうだな」
「俺が貰ってやるとかって言ってくれないところ。本当にムカつく」
「言ってほしいのか?」
「いやだ。晋助らしくない」
「ワガママなオヒメサマなこって」
「その方が、記憶に残るでしょ」

石鹸で身体を洗い出した晋助からシャワーを受け取り、私も自分の身体を流しだした。汗の滲んでいた肌は、開放感を得たようにすっきりとした肌触りになってくる。そして、晋助に抱かれていた証拠も流れ出すのだ。
お湯と溶け合って、そのまま排水溝へと流れ、どこかの誰かわからない男と女の混ざったモノと合わさっていく。私は行為でしか一緒になれないのに、液体上になれば合わさることが出来るなんて、本当に酷な話と思った。
晋助に背を向け、唯一晋助と一緒になれる箇所をシャワーから出るお湯と自らの手で洗っていれば、今度は私の背中に何かの感触を感じて、変な声を出してしまった。いきなりは、困る。せめて宣言してくれ。

「なっ、なに……?」
「別に」
「別にじゃないでしょ」
「洗いにくそうにしてんなァ」
「いや慣れてるし。女に生まれた性ってやつ」
「違ェよ。おめーの顔だ」
「はい……?」

どういう事だと問う前に、腰に回される腕。耳から直接伝わる特徴的な声色。ぞくり、と身体が喜んでるのが分かる。
私の持っていたシャワーは回収され、洗うために掻き回していた指の上にゆっくりと晋助の指が重なっていった。

「いやいや、待って。そんなつもり、無いから」
「そんなつもりってどんなつもりだ? 洗ってるだけなんだろ?」
「……ちょっと、それ、ズルい」

シャワーの程良い水圧と、中を掻き乱す私のなのに私じゃない動きをさせられる指。膝から力が抜けていき、晋助に身体を預けてしまう。
刺激をされれば反応してしまうし、それが好いている、愛している男なら尚の事な訳で。腰に熱いものが当たって背骨を刺激してきた。

「ここ、お風呂、なんだけどっ……?」
「ついでに洗えるから一石二鳥だな」
「ばっ、……かじゃ、ないの? もう、馬鹿っ、」

ここが他の皆が使用するお風呂じゃなくて良かった。こういう時に限って、この男の立場を尊敬してしまうのだ。
浴室は声が響く。自分の声が反響して耳に入り、尚更耳元で囁かれてしまえば、五感全てを支配されている気持ちになり、なんだか情けなくなってきた。
なるべく声を出さずに唇を噛み締めていると、耳から聴こえる吐息の他に生暖かいものが這いずり、耳たぶを甘く噛まれてしまう。それが生々しくて、そして厭らしくて、私はそのまま海に沈んでいったのだった。

「っ、はぁ……もっ、変態っ……馬鹿……!」
「まだまだ若ェな」
「はぁ!? もうほんっと馬鹿!」

なんだかんだと悪態をつくが、腰に当てられてしまえばもう受け入れるしかないもので。
しかも、彼の仕業に身を委ねてしまった事もあり、受け入れる以外の選択肢が無い状態で擦り付けてくるのだから、本当に質が悪い。

「……名前、」
「そ、れ……! 反則、っ」

だから耳元で囁かないで欲しい。せめて事前に一言言って欲しい。セックス中に名前を呼ばれるなんて、心臓が破裂しそうなくらい鼓動が激しくなってしまうじゃないか。
と思いつつも、与えられる快感にどんどんと沈められていき、それと同時にこの男――高杉晋助に溺れさせられ続けるのだった。


(2020/08/10)