その日はとても綺麗な晴天だった。
昨日までの雨なんて無かったかのように青空が広がり、そしてこれが夏だと言わんばかりの暑い日差しのせいで咥えていた棒アイスが絶命の一途を辿る一方、持ち歩いていたミニ扇風機でプリーツスカートの中に広がる魔境を冷やしていると、そんなに暑いなら屋上になんか来るなよなんてつまらない戯言を並べてぶつけてくる人物が私の前に現れた。

「万事部、どうよ」
「おめーこそ、補習どうよ」
「別に、ふつー」
「こっちもどーってことねェよ」

男女のする会話ではないことを重々承知しているのだが、この腐れ縁野郎とはこういった会話しかしてこなかった。だからこれは普通の会話なのである。通常運転なのだ。
パラソルのように日傘をコンクリートの上に立て、耐熱のレジャーシートを敷き、小さいクーラーボックスの中に入れたアイスを口に運ぶ腐れ縁の相手に呆れているのかと思いつつ、普通に隣に座ってくるや否やアイスを強請ってくるところは本当に変わらないなぁと実感。
私とこいつは今後も変わらないと思った。
二人で食べる棒アイス。汗ばむ体と上がる体温には丁度良い熱冷ましだ。欲を言えば一人で食べたかったのだけれど、見つかってしまっては仕方がない。
黙々とアイスを食べ、食べ終われば新しいのを出しては食べるという意味のわからない時間が過ぎていく。作業ゲームのような黙々感。
ゴミ。はいはい。なんて、熟年夫婦じゃないんだからと自分で呆れながらも言われた通りにゴミを受け取って、新しいアイスをクーラーボックスから取り出し広げられた手のひらの上に渡してしまう。
これが駄目なところなんだろうな。男女の腐れ縁がこの年齢まで続くと、お互いの成熟してきた精神がお互いと関わる事が楽だと思い込んでしまっている。
そこを変えるには恋情が関わることではないか、と勝手な私の推測なのだけれど私自身にはその兆しが一切無いので、この幼馴染みに期待していた。
が、高校三年生の夏真っ盛りの今、私の期待も望み薄になりつつある。

「進路、どうすんの」
「さぁな」
「もう受験始まるけど。てか、始まってますけど」
「おめーはどうすんだよ。高三の夏に補習受ける程頭の出来が悪ィんだろ」
「失礼な。補習は補習でも、自由参加の補習ですー」

つまんね。と言われてしまうが、真実なので文句を言わないで欲しい。私だって嘘をついていた訳ではない。補習には参加しているのだし、言い方なだけだ、うん。
食べ終わった棒アイスの加工された白樺の木をナイロン袋に捨て、クーラーボックスに手を伸ばした。指先に当たる感触はただの冷えた空気だけで、どんだけ動かしても固形物は当たらなかった。
そんな馬鹿な。スーパーで買い溜めしたアイスがそんな早くなくなるはずない。
クーラーボックスの蓋を完全に開けてみた。大量に入れていたアイスは一切無かった。
思わず隣に座る眼帯野郎を睨んだ。

「なんだよ」
「私のアイス。返せ」
「もう無ェよ」

白樺の木を咥えながら喋るコイツの喉に、ナイロン袋にまとめられている白樺ズを押し込んでやろうかなんて考えが浮かんで離れてくれず、それを実践する為に手がナイロン袋を掴んだ。

「おい、やめろ。何する気だ」
「木が好きなら大量に口へ入れてやろうかと思って」
「予想より猟奇的な発想だな」
「アイスの恨み」
「おめーが渡してきたんだろ」
「アンタが欲しそうに手を出してくるからじゃんかよー。私の先月の給料返せよー」
「欲しそうに、ね」

どのタイミングで口の中へ放り込んでやろうか。ジリジリと幼馴染みに近付いて距離を詰める。
ナイロン袋に手を入れ、掴めるだけ白樺の木を掴んだ。

「手を差し出してきてたじゃんかよー。ん。て言ってさー。熟年夫婦じゃねぇんだよー」
「ん」
「…は?」
「欲しそうに口を出してくるから」
「………は?」
「欲しそうに手を出してくるから、アイスを渡してきたんだろ?」
「そ、そっれとコレとはっ、話が違います、けど……!?」

白樺ズはコンクリートの上に落ち、太陽光で熱された。
大人の苦味が、唇から舌へ、そして咥内に広がり、気持ちが悪い。
アイス何本も食べておいて、なんでこんな苦い味がするんだ。カルピスの味とかレモンの味とか、嘘だった。

「もてあそぶな、バカ」
「今度奢ってやるよ」
「ダッツがいい」
「何個でも」
「言ったな? このクーラーボックスいっぱいに買わすからな」
「仕方ねェ」

その代わり、とこちらが条件を突き出す方なのに、簡単に出された条件を呑んでしまったのは、これからも腐れ縁を続けたいが為なのかもしれない。
恋情が絡んで離れるのではなくより絡み合ってしまうのは、私達お互いが共に居るという現状にあぐらをかいているから。
ーーではなく、お互いが楽であるから、だ。うん、そう思いたい。

「どこ進学か教えろよ」

初恋シガレット

(2021/08/14)