「あ゛ー! 重かった! きみ、やっぱり太ったんじゃないの?」

私を自分の住むマンションの一室へ運び込むなり、オベロンはそう言ってソファーへ下ろした。失礼にもほどがあるのだが、もうこれが彼なのだと自身の感情をコントロールする。コイツの言葉に反応して発言してしまえば、倍以上の嫌味が返ってくるのは嫌というくらい経験済みだ。
ソファーに私を放置したオベロンは、どこかに姿を消したかと思えば、緑の十字が印字された箱を片手に持って現れた。なんとも不釣り合いなもの過ぎて口が開いてしまう。
それを彼自身も理解しているのだろう、悪態つきながら床に座って私の足を思いっ切り、上げた。

「ちょっ、ちょっと!?」
「なに」
「一応スカートだから、やめっ、――ッ」

傷口のある部分に強烈な痛みを感じて、声にならない痛みをあげてしまった。
ストッキングが割かれる音よりも、癒着した部分を剝がされる感覚が音となって響いている気がした。改めて空気に触れたからか、かすかな風でもヒリヒリと痛んで神経を刺激され続けていた。
心底呆れている溜息が聞こえた。

「……きみって、こんなに馬鹿だった?」
「帰宅まで我慢すれば良いかと思って」
「それが馬鹿だっつってんだよ」

救急箱から取り出されたのは青いキャップの消毒液と袋に入った未開封のガーゼと、同じく未開封の包帯だ。
手際良く消毒され、ガーゼを押し当てられて包帯を巻く姿を上から見下ろす状態だからか、相変わらず睫毛が長いなぁとか、髪の毛がサラサラだなぁとか痛みから現実逃避をするように作業を見ていたら、突然足元から整った顔面が離れ、怪訝そうな瞳がこちらを見てきた。

「……何見てんの、気持ち悪い」
「いや、睫毛長いなぁって」
「男のそれ褒めて何が楽しいわけ」
「楽しいとかじゃなくて、ただの感想です……」
「そう。それよりも前に、手当てした事への感謝ってものはないのかなぁ?」
「あ……それは、ごめん。ありがとう。今、全然痛くない」
「そう」

使用した道具をこれまた手際良く救急箱へと収納していく様は、さながら仕事ができる人みたいだ。実際に仕事が出来るからこそ中途採用の面接官として再会してしまったのだろうが、もう今後は会う事なんて無いだろう。
採用の連絡が来ても辞退する覚悟は出来ているし、不採用なら尚更これっきりだ。学生の頃とは違い、もう私と彼の人生が交わるなんて事はもう無いと断言出来た。
現在私の相手をしているのはただの気紛れであり、顔見知りの相手が怪我をしているところに出くわしたので仕方なく対応しているだけ。それが、オベロンという人物なのだ。