今日はいつもよりも天気の良い日だった。散歩がてらに拠点よりも少し離れた所を偵察する。木々に隠れた森の奥にひっそりと佇む廃墟の寺からは、私の姿を見ることは出来ないだろう。まぁ、人里から離れた場所で戦が行われているのだから、その点に関してのみ、敵である天人に敬意を評す。私達が一般市民を巻き込まないように戦っている、という事もあるのだが、それはそれだ。彼らは自ら村や町を襲っているような、そんな話は攘夷戦争が始まった当初に比べればほぼ無くなっていると、この間偵察で訪れた村の方々が言っていた。
幕府が降伏して、廃刀令が始まって、一体何年経ったのか。計算が出来ないわけでもないが、この戦に参加してから考えるのを止めた。
両親が捕縛され、命からがら逃げた身からすれば、両親を助けるという確固たる意志を持って私は攘夷戦争という名のこの戦争に参加したわけだが、年々、ヒトという存在が経ってきている事くらいは理解できる。負傷して脱落したり、戦士したり、屍の山は人以外のモノも含めると幾つも見てきた。その影響もあって、私は数を数えるのを止めたのかもしれない。
――敵の気配は無し。視認も出来ない。多分、数日は安全だろう。
一通り散歩を終え、気配を消しながらも拠点の廃寺へと戻る。その途中、先程まで感じなかった気配を察知し、草むらに隠れた。
この気配はヒトか、それともそれ以外か。この辺りに住む動物の気配や臭いではない。何か、こう、ツンと鼻を刺激する臭いが近くなり、手で鼻孔を塞いだ。
もしかすると新手の兵器かもしれない。敵である天人はこちらが見たことのないような兵器や武器を使ってくる為、この国との文化の差や発展の差を見せつけられている。もし、この臭いがそれに関係しているのならば、早々に戻り参謀である小太郎に報告しなければならないだろう。
息を殺し、気配を殺し、ゆっくりと臭いのする方へ向かえば、草むらの間から見えるのは白い姿だった。

「ぎ、んとき……?」
「ん? う、お!? 名前!? ま、待て、出たものはいきなり止まらないから!!」
「何して――」

草むらから顔を出し、見知った姿に声を掛け、そして気付く。
臭いの正体について合点がいき、私は腰にぶら下げている鞘から刀を抜いた。

「待って!? それで何しようとしてんの!?」
「動かないでね。動いたらもっと痛いと思うから」
「動かねぇと痛いもクソもねぇだろ!!」
「なに、それ。小便の他に大便もするつもりだったの? 不潔、気持ち悪い、すぐにそのぶら下がってるモノを切り落としてあげる」
「今のは言葉のアヤだよ!! わかるだろ普通!!」

銀時の股にぶら下がるものを切り落とそうと斬りかかるが、それは白羽取りにて止められた。刹那、私の中にさらなる嫌悪感が生まれる。
コイツは、ナニを触った手で、私の刀を、触ったのだ。
押し込むように全体重を掛けて、真剣に目の前の気持ちが悪い奴を斬ろうとすれば、焦った声色で制止を促される。止めれるわけが、ない。

「不可抗力だからね!? せめて、中に戻させて!? お願いだから!!」
「問答無用」
「いやああああ!! ちょっ、誰か居ない!!? 助けてー!!? 殺されるー!!」
「喰らえ、フレンドリーファイア」
「なに必殺技みたいに言ってんの!? 必殺技でもないからねそれ!! 始解してんの!? 斬魄刀なのでもそんな刀ないから!!」
「何をやっている」
「きたあああああ!! 天の助け!! いや、ヅラの助けか!! 助けて!! 俺、殺されちゃう!!」
「……む、済まない。男女の情事に踏み込んでしまったか。悪かった」
「悪くねぇよ!!? どこをどう見たら男女の情事に見えるんだよ!! おかしいだろ!!?」
「いや、だって、お前ブラブラさせてるし」
「それはごめんなさいね!! でもね、よく見て!! 不可抗力なの!! とりあえず早くこの女止めて!!」

偶然現れた小太郎に私は羽交い締めにされ、ブラブラとぶら下げたままの銀時から離されてしまった。いい加減、そのブラブラするモノは邪魔ではないのだろうか。だったら、介錯してやるので早く差し出して欲しい。
収納されたブラブラしているモノ辺りを両手で覆い、銀時は助かったと声に出した。

「一体何があったというのだ」
「コイツ、ブラブラ、小便、斬る。オーケー?」
「オーケーオーケー、アッチョンプリケッ」
「おいヅラてめー英語わかんねぇなら口に出すな! 飼い犬の綱はちゃんと離さず持っててね!?」

掻い摘んで説明したのだが、銀時は納得がいかないらしい。顔までも白くさせてしまったら、どこが服でどこが頭で、どこが顔なのか分からなくなってしまうから、最終的に真っ二つにしなければ銀時という存在が分からなくなるではないか。
説明を受けた小太郎は一度頷き、私に向き直る。

「やって良し」
「なんでだよ!! 俺は立ちションしてただけなの! そしたら名前がいきなり現れたの! 俺悪くないだろ!?」
「やだー、女の子が居るのに立ちションなんて、坂田くんキモチワルーイ。そう思うわよねー、ヅラ子」
「そうよねー。衛生面も考えて不潔だわー」
「……もう勘弁して」

私の渾身のボケはお気に召さなかったようだ。小太郎も一緒にボケてくれたというのに、自分の役割を全う出来ないなら、やはり容赦無く斬ってしまえば良かったと思い直す。
小太郎の要る手前なので本当にやる訳では無いが、鞘に戻した刀身は後で綺麗に整備しておこう。
どこへ行っていた?――と、小太郎が真面目な表情で私に問うてくる。参謀への報告だ。嘘偽り無く伝え、腕組をし直した彼は唸る。今後のこちらとあちらの展開を見定めているようだった。

「高杉を呼んできてくれ。そして、負傷者の状況報告も頼む」
「わかった」
「……ほんっと、お前アレだよな。ヅラには従うよな」
「当たり前でしょう。私の家は桂家に代々仕えてきた家臣。どんな状況であっても、私は忠義を尽くすわ」
「自分の両親を失っても、か?」
「おい銀時」

おどけた声色ではない。お巫山戯で言った訳では無い言葉を、私は全て受け止めた。
小太郎が制止するが、銀時の目からは己の意志と行動が矛盾した場合はどうするのかと、私に問い掛けているようにも見える。
ため息をひとつ。私の意志は、桂家に逃げ込んだあの日から変わりはしない。

「私は自分の両親を助ける。例えそれが亡骸だったとしても。それは、三人と似たものだと思っていたのだけれど?」
「名前もやめないか」

私と銀時の間に小太郎が割って入り、仲裁を試みていた。私は問いに答えただけだ。喧嘩をしたかった訳では無い。
自分の知らない時間を銀時と小太郎、そしてもう一人の晋助は過ごしていたのだから、そこにズカズカと入り込む気は一切無く、三人の意志は尊重しているつもりだ。
かと言って、私の事情に三人は関係していない。つまり、私と三人はお互いの行き着く先が同じだから行動しているという訳になる。
小太郎の傍に居るというのは、家督を継いだ桂小太郎という人物に両親がすべきだった事を私はしているだけ。そこに忠義以外の何ものもない。
多分、銀時はそれを理解しているのだろう。だから今、小太郎が居る前で話し出したのかもしれない。

「おい桂、坂本が武器の調達を――って、おめーら揃いも揃って何やってんだ」
「なんにも無いよ。呼ばなくて済んだね、小太郎」
「あ、あぁ。では、負傷者の状況を後で報告してくれ」
「わかった」

晋助が会話に入る代わりに、私は立ち去って行く。この三人の中に、他人は要らないのだ。この幼馴染み達は、自分達の目的をしっかり持ってこの戦争に参加している。それでいいじゃないか。
こっちの事情に入り込むのはよして欲しいと、切に願った。
――それは、今も昔も変わらない。
偵察に赴いた町で河川敷に晒されている自分の両親の首を弔うことも出来ず、そのまま行方をくらました知り合いを偶然見つけ、一体全体どうしたいというのだ。
連れ込まれたファミリーレストラン。テーブルの上には水しか無く、無言の男女がテーブル席に居るのだから周りの視線が自然と集まってくる。
私の腕を掴み、それこそ何も言葉を紡ぐこと無く連れ込んだ張本人の男――銀時は、昔よりも死んだ魚のような目でメニューを眺め、私は窓の外の通行人を見ているだけ。田舎での生活にも限度を見出し心機一転、江戸で職探しをしようと思っていた矢先にこれだ。こんな広い街で旧友に会うなんてツイているのかいないのか。多分、後者である。
呼び鈴を鳴らし、店員を呼んだ銀時はパフェを注文し、私に何を頼むか聞くこともせず適当に飲み物も頼んだようだ。
何が来るのかと思ったら、運ばれてきたのはオレンジジュース。それは私の前に置かれ、銀時の前にはビックサイズのストロベリーパフェ。こいつは私を子供か何かと勘違いしているようだが、一応同年代なのでせめてコーヒーか何かにしてほしかった。

「……元気でやってたか」
「それ程に」
「そうか」

会話はそれだけ。久し振りも何もなく、こちらに対して気遣いも何もない所は、昔と全く変わっていないようだ。
窓の外には、再建設中のターミナルが見える。江戸で起こった事態はニュース越しでしか知らず、そういえば、と口を開くと早くも半分程パフェを食しきっている銀時が、視線だけこちらに向けた。

「小太郎は、生きてるの?」
「ピンピンしてらァ。……そうか、知らねぇのか」
「何も。江戸に来たのも騒動があってから初めてよ」
「どこから話すかなぁ……ある程度、端折っていい?」
「うん」

私が答えれば、銀時はここ数年のことを掻い摘んで話してくれた。まさか、三人の先生が黒幕で、なんて知らなかった。そして、晋助の事も聞いた。
全て聞き終わり、何もコメントすることが出来ない。多分、大変だったね、とかそういう言葉は、コイツは求めていないだろう。
氷が少し溶けたオレンジジュースを飲もうとすれば、それは俺んだから、と奪われる。

「血糖値が上がって死ねばいい」
「馬鹿かお前。俺はもう糖尿病寸前だから。甘いもの控えるようにって言われてるから」
「尚更死ねばいい」
「変わってねぇな、そういうとこ」
「お互い様でしょうに」

仕方なく水を飲んで、口内に水分を満たした。してやった表情をしながらストローで一気にオレンジジュースを飲み干す目の前の男に対して、水をぶっかけたい衝動をなんとか抑え、これ以上話が無いならと席を立とうとすれば制止の声。
お互いの生死がわかったのだから、もう昔の縁なんて断ち切って前を向いて生きればいいのに。この男は、既に前を向いて歩きだして――いや、走り出しているの間違いか。なのであれば、私なんかに固執する必要はないと思うのだが。

「私はもう話すこと無いのだけど」
「俺はまだあるんだよ」
「もういいじゃない。お互い元気にやっているんだから、金輪際干渉しないようにしましょうよ」
「嫌だね」

そう言って、一層天然パーマが強くなっているように見受けられる頭をガシガシと掻いた銀時は、改めて私を見る。この視線は、昔も今も苦手だ。こちらの心を見透かすような、探るような、そんな視線。目付き。
ズケズケと心を踏み荒らしてくる視線に絶えきれず顔を逸らす。立ち上がったらしい銀時に腕を掴まれ、逃げられないまま共にレジへと向かった。
会計を済ました銀時に連れられたのは、かぶき町と書かれた門を潜ったが噂に聞くこの土地に来るということは、今の銀時はそうおいった店で働いているのかと勘ぐってしまった。
しかし、連れて行かれた場所はそのかぶき町の奥の奥。土地勘のない私には推測することしか出来ないが、かなり端まで歩いたような気がする。一件の飲み屋の前で銀時は立ち止まった。

「何、ここ」
「今の俺んち。万事屋やってんだ」

一階の店構えの屋根上に、万事屋銀ちゃんと書かれた看板が見えた。銀ちゃんって、一体幾つだよ。なんてツッコミは言わないでおく。

「こっち来たばっかなんだろ」
「うん、まぁ」
「暫く泊まっとけ。仕事見つかったら出て行けよ? あ、その分の家賃はちゃんと請求するからな」

あぁ、もう、この男は本当に、私を掻き乱すのが得意なようだ。
遠慮すると言おうものなら、ああだこうだと理由を付けて居候させる気と少し先の未来を想像し、溜め息を吐いた。


(2019/10/07)