テーブルの上を彩るのは私じゃない人が作ったホールケーキに、私じゃない人が作ったオードブルや料理の数々、そして勿論私じゃない人が作ったたまご焼きだった。
志村邸に集まる人数は尋常じゃないくらいに多いかもしれない。この家の住人である新八くんと妙ちゃん。そして万事屋の従業員である神楽ちゃんに、あとは今日の主役に恋心を寄せるさっちゃんや吉原の月詠さんは日輪さんが作ってくれたお重を持ってきてくれ、柳生家の跡取りである九ちゃんは部屋の飾り付けをしてくれた。ついでに何故か居る真選組のゴリラ局長は、たまご焼きをつまみ食いして座布団のように横たわっている。
私はというと、ケーキ屋さんにケーキを取りに行ったり、オードブルをデパートまで取りに行ったり、飲み物を買いに行ったり。要するに買い出し係だったわけだが、何も出来ない人間なので仕方がない。
一通り準備の出来た所で、玄関からチャイムが鳴る。漸く主役のご到着だと場に居る全員でクラッカーを持ち、新八くんが主役を連れてきてくれるのを待つ。
――襖が、開いた。刹那、軽い火薬の匂いが部屋に充満し、紙吹雪が主役に対して降り掛かる。
何の騒ぎだ、と気怠そうに言う本日の主役は、いつも通りだった。

「銀ちゃん! ハッピーバースデー!」
「お誕生日、おめでとうございます」

各々がお祝いの言葉を告げ、照れ隠しのように頭をポリポリと掻く主役の銀時は、祝われる歳でもねぇ、なんて言いながらも本日の主役と書かれた襷を掛け、ホールケーキの形に作られた帽子を被る。
満更でもなさそうな表情に、少しだけ一安心。
今日の誕生日会の企画は私だったので、どうなるかとヒヤヒヤしていたのだが、上手くいきそうで何よりだ。
良い歳した大人であるものの、祝われるというのは幾つになっても嬉しいものだと私は思っている。毎年何かに付けておめでとうと言葉を投げ掛けているが、大人数に祝われるなんて銀時からすれば久方ぶりなわけで。攘夷時代にパイ投げならぬ砲弾投げをして祝った事を思い出した。本気で逃げ回る銀時の姿は実に面白くて、でも最後は皆でお酒を酌み交わし、笑って終われる良い誕生日会だったなぁと昔を懐古する。
昔と違って、今は誕生日を祝うグッズなど販売されているし、そういった点では天人に感謝なのかもしれない。

「ありがとな」

恥ずかしそうに微笑む彼の顔は、子供のようだった。
未成年も多いが大人達は気にせず酒を飲み、なぜかアルコールの雰囲気やにおいに毒された面々は次々に倒れていく中、空いた皿を片付けたり雑用を率先して熟していれば、台所に顔がパイ塗れになった銀時が現れた。私が皿洗いをしている間に、メインイベントであるパイ投げが行われたらしい。くそ、見たかった。
丁度今ある食器を洗い終えたので、シンクから横にずれて洗ったら? と聞けば、くぐもった声で返事が聞こえてきた。
洗面所で洗えば良いものの、今からすぐ近い台所に現れたのは場所の感覚が無いからだろう。
今からは月詠さんの男勝りな笑い声と共に、ゴリラ局長の悲鳴が聞こえてくる。何かあったことを察したが、今向かっては巻き込まれるだけなので大人しく食器を拭いておこう。
隣ではバシャバシャと激しい水音が聞こえてきて、中々落ちないパイに苦戦する銀時の姿。あー、やら、うー、やらと唸りながらも、全て顔で受け止めたのはすごいと思う。
タオル持ってこようか? と尋ねれば、水音に混じって返事が聞こえたので、待っててねと伝えて洗面所のタオル置き場へと向かった。
適当なフェイスタオルを取って台所へと戻る前に、襖の隙間から何も音がしなくなった居間を覗いてみる。見事に全員が横になっていて、アルコールのにおいが充満していた。足や手を踏まないようにと居間を進み、縁側の障子を開けて空気の換気を試みた。
日本酒の瓶を抱えながら眠る月詠さん、銀時にプレゼントするはずだった等身大の自分をプリントした抱き枕を抱きしめ眠る眼鏡の無いさっちゃん。鼻ちょうちんを膨らませながら大の字になっている神楽ちゃんは下半身をうつ伏せに倒れている新八くんに乗せていて、その近くでは肩を寄せ合い頭を互いに預けながら壁に持たれて眠る妙ちゃんと九ちゃん。そして、なぜか壁にめり込んでいるゴリラ局長。
それぞれがそれぞれの寝方で、性格を表しているものだなぁと思った。
宴も酣――がいつの間にか通り過ぎたようである。雑用しか出来ない私だったので、私が居なくても主役の銀時が居て、誕生日会を皆が楽しめたなら主催して良かった、と感じる。
障子を開け放ち、空いた食器やコップを持てるだけ持つ。再度気をつけて畳を踏みながら居間を出、台所へと向かった。
まだパイの感触があるのか、銀時は顔を洗っていた。

「はい、タオル」
「遅ぇよ。鼻が取れるかと思っちまった」
「パイの感触、まだあるのかと思ってた」
「んなもん、洗剤で洗い落としたわ」
「うわ、それ大丈夫? 顔荒れるよ?」
「大丈夫、大丈夫。銀さんは最強だからね」

なにそれ、と笑ってしまった。
タオルで顔に残る水分を拭き取りさっぱりとした顔で私を見る銀時は、先程までの照れた表情とは違って死んだ魚のような目に戻る。
シンクの前から退いてくれたので、持って来た食器をシンクに置くことが出来た。

「なに、アイツらもう潰れてんの?」
「うん。一人を除いて、皆仲良く雑魚寝してるよ」
「主役が元気だってのに早すぎるだろ」
「昨日今日と頑張ってくれてたんだから、寝かせてあげようかなって」
「お前は? 疲れてねぇの?」
「私は雑用しかしてないからねー」

蛇口から水を出し、食器を洗う事に集中し始めれば、銀時は台所から離れていく。何しに行ったんだろうと頭の片隅で考えていると、まだ食事の乗った皿や重箱を持ってきて大皿へと移し始めた。

「一人じゃ大変だろ」
「いやいや、今日の主役は何もしなくて良いのに」
「良いんだよ。これ持って帰りゃあ、神楽の腹の中に蓄えられるからな」

あー、なるほど。万事屋の食費が嵩んでいる事態も知っている為、普通に納得してしまった。タッパーに詰め込めば……と思ったが、志村家の台所内の配置を存じているわけではないし、勝手に他人の家を漁るのも謀られるので大皿で持って帰るのが無難か。
空いた皿や重箱がどんどんシンクに入れ込まれ、私はそれを洗っては濯ぎ、水切り籠へと置いていった。一通り洗い終えるのと、銀時が大皿にラップを済ませたのはほぼ同時だった。

「結構な量だったな」
「まぁ、人数が人数だったしね」

ふぅ、と一息。やり切った気分だ。大皿を抱えた銀時と共に居間へと戻れば、寝相が変わっている面々の姿が目に入る。私は皆が起きるまで居ようと思ったのだが、このまま起こさずに志村邸を離れることを決断した銀時に連れられ奥ゆかしい日本家屋を後にすることとなった。
スクーターの後ろに乗ることを促されたが、法律違反を犯したくないので丁重に遠慮し、二人で歩くことにする。万事屋と私の住む住居のあるかぶき町まで少し距離があるが、歩けない距離ではない。
来る時は神楽ちゃんと一緒に定春くんに乗って来たが、歩いてみれば意外と気付けなかったことだってある。基本的には変わらない街並みなのだけれど、人間観察も兼ねて歩いていれば距離なんて気にしない。まぁ、私の隣でスクーターを押しながら歩く銀時がどう思っているかは分からない。
それでも、私のわがままで一緒に歩くことを許容してくれたのだから、苦ではないと思っている……と思いたい。
空はゆっくりと赤らんできていて、仕事終わりなのか、それとも仕事始まりなのか、かぶき町に近づくに連れて人が多くなってきた。
私の住居までの通り道に万事屋のある建物があって、階段下で待っとくように言われてしまったので大人しく待機していれば、丁度店を開けるためにのれんを出してきたお登勢さんと目が合う。
何してんだい、と聞かれ、素直に銀時に待ってろと言われたと話せば、そろそろ寒くなってきたので店に入ればいいと言ってくれたので、厚意に甘える事にした。
スナックお登勢の店内では、従業員であるキャサリンさんとたまちゃんがせっせと開店準備をしている。その中にお邪魔するのも申し訳ないと思ったが、店主であるお登勢さんが言ってくれたんだしとカウンターに座った。
案の定、カウンター内で作業をするキャサリンさんからの口悪いお言葉が浴びせられたが、それと同時にお水を出してくれたので根は良い人なんだよなぁ。

「銀時様も隅に置けない人ですね。名前様を待たせるなんて」
「たまちゃん、それ多分違うと思うよ?」
「そうですか。何か事情があってお待ちしているのかと思っていました」
「坂田サンガ何カ考エテルナンテ、天変地異ガ起キテモ有リ得ナイネ」
「そうさねぇ。案外、好いた女が居たら別なんじゃないかい?」
「好いた女……? 銀時に今までそんな話聞いた事無いですね……強いて言えば、大分昔に遊郭で選んだ女に振られたくらい?」
「――……それは、難儀だねぇ」
「若気の至りって奴ですかねぇ」
「キャサリン様、私はお登勢様と名前様の会話が、噛み合っていないように感じるのですが」
「ワタシハ何モ知ランニョ」

何か噛み合ってなかっただろうか。疑問に思ったが、それは勢い良く開いた引き戸の音で掻き消される。引き戸を開けたのは緊迫した雰囲気を醸し出す銀時で、その表情は私を見るなり安堵と言うか、なんと言うか、安心したような雰囲気へと変わった。

「なんだよ……待っとけって言っただろ……」
「あー、いや、寒くなるしお登勢さんが中に入れてくれたんだけど……」
「おい。バーさん、何勝手なことしてくれてんだよ」
「良いじゃあないか。どうせ飲みに来るつもりだったんだろう?」

ったく、と悪態づく銀時は、自分を拾ってくれたお登勢さんに言い返すことは出来ないようで、あーもう、と言いながらも私の隣に座った。
いつものでいいかい? と確認してくれるお登勢さんに返事をすれば、焼酎のボトルとロックグラスが二つ置かれる。

「アンタ、誕生日なんだってね? これはウチからの餞別だ。今日はしこたま飲んで行きな」
「やりぃ。サンキューな、バーさん」
「ありがとうございます」
「気にすんじゃないよ。その代わり、家賃はしっかりと払ってもらうからね」
「へいへい。わーってますよー」

ロックグラスに注がれた焼酎で、氷が音を立てる。
それを二つくっつければ、カチン、と甲高い音が鳴った。

「そういえば、お前からのプレゼントは、無ぇの?」
「えっ、いきなり?」
「いきなりもなんもないだろ」
「えー……今日の誕生日会、じゃあ、駄目?」
「駄目だね。俺は、名前から、貰いたいの」

そんな事言われても、と口を噤んでしまう。
先程も志村邸で飲酒していた事もあって、銀時のアルコールが回るペースは早いはずだ。ここは、敢えて、誤魔化して――、

「名前様、まだ銀時様にお渡しになられてないのですか?」
「ちょっとたまちゃん!?」
「出過ぎた真似でしたでしょうか?」
「坂田サンは隅ニ置ケナイカラ、気付イテルト思ッテマシタガネ」
「え? なになに? 何の話?」
「ちょっと、キャサリンさんもたまちゃんもストップ! シャラップ!」

これは、いけないパターンだ。たまちゃんとキャサリンさんに付き合ってもらって誕生日プレゼントの下見に行ったとか、後でこっそり渡すつもりで鞄の中に入ってるなんて口が裂けても言えないし、むしろ皆のプレゼントよりも見劣りしてしまうだろうから、誰にも気付かれずに渡したかったのに。

「あのさ、名前さん?」
「な、なんですか? 銀時さん」
「全部喋ってますが?」
「オーマイガー」

体温が上昇していく。それを誤魔化す為に、グラスの中の焼酎を一気に飲み干してしまった。

「良い歳した大人二人、どちらも初心とはねぇ」

私のグラスに酒を注ぐお登勢さんの言葉には聞こえない振りをして、横目で銀時を見遣れば、店の出入り口方面に顔を向けていて表情は見えない。
ただ、髪の毛の隙間から見える耳は、ほんのりと赤みを帯びている気がする。

「後で、ちゃんと渡せよ」
「――……うん」

お互いそっぽ向いて酒を飲む。
その光景を俯瞰して見れば大層滑稽で、本当に、良い歳した大人が何をしているんだ、と私は頭で考えるのだった。


(2019/10/11)