ずっと、ずっと彼の背中を追い掛けてきた。
幼馴染みが散り散りになってしまった時も、捜して、捜して、やっと見つけた彼の姿は狂気に塗れていたけれど、それでも私は彼の側に居たいと、少しでも支えになればと。彼が背中を預けられる存在になれるようにと、彼の側に居続けた。
彼にとってはただの幼馴染みで腐れ縁なのかもしれない。足手まといが側に居て、迷惑に思われていたのかもしれない。
私からすれば彼は憧れで、尊敬に値する存在で、そして好意を寄せる相手だったから。だから、危険な行いをする彼を時には止めたかったし、時には役に立ちたかった。
いつの間にかそれは、私の生きる目的になっていたのだ。
だというのに、今となっては、幹部達や私に何も言わず行方を晦ました彼を捜して一言では済まないくらいの文句をぶつけるというのが、私の生きる目的に変わりつつある。
鬼兵隊が提督不在のまま事実上の解散をしたのだ。今まで彼に付いていった人間を代表して、文句の一つや二つ、十や二十言いたくもなる。
過激派である鬼兵隊に参加していた女浪士はまた子ちゃんしか居ないと思われているのが功を奏し、武市さんやまた子ちゃん達とは別行動で江戸へと訪れることが出来たのは言いものの、行く宛の無い捜索の旅は続く。
幼馴染みの一人が総理大臣になり、もう一人は彼同様に行方不明。自由奔放な男共に呆れが混じりつつも、唯一何かアドバイスをくれそうな総理大臣邸へ訪ねてみれば門前払い。
しかし、今まで浪士活動をしていた人間を舐められては困るというものだ。正門と裏門以外は門番はおらず、塀を登り、何か騒ぎが起きているらしい事態に乗じて侵入できた。緊急事態なのかもしれないが、こちらも緊急事態なのでかまけてられない。
階段を登り、上の階へと目指す。大きな扉を開ければ、窓を眺めながら立つスーツ姿のロン毛――振り返ったその顔は、真剣な眼差しで私の姿を捉えていた。
「……久しいな」
「ねぇ、ヅラなら知っているでしょ? 教えて」
「何のことだ? すまんがお前が何を知りたいのか俺にはわからん。ついでに俺はヅラではない、ドナルドヅランプだ」
「全て理解しているくせに、そういう所、昔も今も苦手だわ」
「奇遇ではないか。昔も今も奴の事を信じ追うお前の事が苦手だよ、名前」
「知ってる。それでも、貴方達が私の幼馴染みであり学友である事は変わらない」
「そうだな。では、その旧知の仲から一つ助言をやろう。ターミナルへは向かうな。この言葉の意味、お前なら分かるはずだ。俺達をまだ幼馴染みだと、学友だと言うのであれば、馬鹿な男共の小宴に参加せず――って話聞いてた!!?」
ヅラの言葉を聞き終わる前に、私は部屋を飛び出す。開いた扉から顔だけを出し見送ってくれるヅラに、最大限の感謝を込めてありがとうと叫んだ。
分かりにくいやつだ。遠回しに、ターミナルへと迎え、と言っているような発言をして、私が行動しないはずがない。
多分、女である私の身を心配し、自分達の目的に巻き込みたくなかったのかもしれない。ヅラなりに、私を護ってくれようとしたのかもしれない。なんだかんだと心配性な幼馴染みだ。巻き込みたくない、なんて、彼――晋助に付いていった私にはもう要らぬ心配なのに。
走れ、早く、走れ。足を動かせ。今を逃せば、私がこの二年間して来たことが無駄になってしまうかもしれない。そんな焦りが生まれてきた。
ターミナルへと急ぐ。のどかに過ごす街の人間を縫うように避け、駆ける、駆ける。少しでも速度を緩めてしまえば、私は後悔をしてしまう。
ヅラの言葉を脳内で反復させた。男共の小宴。その中に、晋助は、絶対に居る。
「……あ、」
自然と、声が漏れた。目的地にしていたはずのターミナルから光が漏れた。轟く音と風圧に気圧され、咄嗟に路地へと逃げ込み地面に伏せる。
目を閉じたはずなのに、閉じ切られた瞼でも抑えきれない光源は辺りを白く染めているのだろう。
風圧が収まり、閉じ切られた世界が白から黒へと変わった。ゆっくりと視界を取り戻し、路地から大通りを見れば逃げ惑う人間達の姿。
ターミナルから非戦闘員を、この街の人々を遠ざけようとするヅラの策略か。それとも、またこの街に敵襲でもあったのだろうか。
正面から向かってくる人間を避けながら、大音量で避難を指示する放送を聴きつつその逆の行動をする私に向かって、一般人に紛れ、襲いかかってくる人影。
考えるよりも体が胸元に隠し持っていた短刀を取り出し、振り被られた刃を止めた。
「……やっぱり、昔からいけ好かないわね、ヅラ」
こうなることを予測していたのだ。頭は優秀なだけあって、やり方が気に食わない。
弾き返し、短刀を横一線。相手の喉元を勢い良く掻っ切れば、血液を吹き出しながら倒れた。
久し振りの、感触だった。調理以外で人間の皮と肉を斬るなんて、暫く経験していなかった。忘れたかったこの感覚は、忘れられずに体に染み付いている。
短刀の柄を握り直した。
ヅラは私をこの小宴に招きたくなかった。それはきっと、晋助も同じだろう。もしかすると、行方知れずのままであるもう一人の幼馴染みも。
それでも、私は――、
「ただの幼馴染みかっての! どうして男って馬鹿ばっかりなのかな!? 自分勝手になんでも決めて! 周りのことを一切考えない! 巻き込みたくないなんてどの口が言ってんだ! あの戦争はなんだったんだよ! 流行りに乗っかっただけかよ! タピオカチューチューして映えーとか言ってるミーハー女かよ! チューチューするなら残すな! 製造元の気持ちも考えろ! 周りを巻き込みたくなかったら幼少期からやり直せ! あの塾に誘って来たのは誰だよ! お前らだろうが! 絆だの腐れ縁だの弟子だの! 男同士の意味わからない想いに振り回されてんのは! お前らだろォが!!」
考えてたら苛立ってきた。
向かってくる人間を、出来る限り動き、出来る限りを短刀で不能にしていく。
一般人を模した的(まと)から、見知った的へと変わり、的は的でも見知った外見になってくれれば斬ることへの罪悪感は自然と薄れていくものだ。
文句は尽きない。私の口から流れ出る言葉はきっと届くはずがない。どうせ届かないのならば、この場で垂れ流しても一緒だ。
敵の人数が増えてきた。避難勧告がされたはずなのに、ターミナルは人気の観光地のようだ。辺りから爆音が聞こえる。騒音も聞こえる。これは何を意味しているのか、蚊帳の外である私には皆目見当がつかないけれど、その中に幼馴染みの誰かは居る気がした。
「だからって、……もう一人を忘れんなよクソバカ!! どんだけ苦労したと思ってんだ! どんだけ追い掛けたと! 一緒に居たいと! 想ってたか! 小さい脳みそで理解しろよ! 腐った世界を壊すとか! 厨二臭い事ばかり言いやがって! 良い歳した大人が! 過去に囚われ過ぎなんだよ! その過去に! 私は! 居な――」
……しまった。
途切れることのない複数人の敵を、短刀で捌いていくなんて難しい事は理解していたのに。
割れて舞い上がる切っ先。降り掛かって来る刃。
積もり積もった文句を届けることも出来ず、この小宴で済ますことの出来ない大宴会の終幕を見ることが出来ず、私はここで終わるのか。
ターミナルへ辿り着いて、空かした顔に一発殴りを入れることも叶わず、私は何も出来ずに終わるのか。
「居るに決まってんだろォが。阿呆ぅ」
「……っ、」
目の前が赤に染まる。フードを被った敵は大の字になって倒れたお陰で、敵の背後に立っていたらしい背中を、確認することが出来た。
三つの背中。他の塾でいじめられていた私を助けてくれた、その頃と何ら変わりのない三つの背中だった。
「あれほどターミナルへと近付くなと言ったであろうが! この大馬鹿者め!」
「馬鹿はおめぇだヅラ。コイツが誰かさんを捜しに来て、その言葉を聞いて、はいそうですか、なんて言うと思ったか」
「好き好んでこの場に居るなら馬鹿でも阿呆でも同じだろ」
「……大馬鹿者はお前らの方だよ!!」
一発ずつ、顔面を殴った。今の私が出せる、渾身の力だった。
拳はペチン、ペチンと渇いた音を立てて、三人の頬に食い込んでいく。
最後、ずっと捜していた晋助の頬に拳を当てた瞬間、焦点が定まらなくなり、視界が歪む。
「捜して、た……馬鹿……」
晋助には手首を掴まれ、頭と肩それぞれに銀時とヅラの手が置かれた。
久方ぶりの再会。まさか、三人全員がこの場に居るなんて、思ってもみなかった。変わっていない。皆、変わっていない。
「これ以上、お前は来るな」
「……どう、して、」
「松陽に伝えといてやるよ。泣き虫名前ちゃんはちょろっとだけ強く成長しましたってな」
「違うだろ、銀時。成長している部分は他にもある」
「ヅラ、それセクハラな? この折れた短刀、突き刺してやっても良いんだからね?」
「確かにガキの頃よりかは成長してるな」
「え!? 高杉っ、お前っ、見たの!? 見ちゃってたの!!? 名前も! まさか高杉と、チョメチョメしちゃったのか!!?」
「うっ、…うるさっ…! 黙れ! 馬鹿共! 涙を返せ! 阿呆! 馬鹿!」
「恥ずかしがる歳かよ」
「駄目だぞ、高杉。女性というのは、いつでも乙女心をだな」
「お前らそこに直れィ! 粛清してやる!!」
この三馬鹿は、揃いも揃って中学生みたいな事ばかり話し出す。そして止まらない。男はいつまで経っても子供だと言うけれど、この三人はガキだ、ガキ。
折れた短刀の切っ先を銀時の顔面に向ければ、冷や汗を垂らしながら冗談だと訂正されたが、この場で三人を殺して証人隠滅考えてしまった私も、多分ガキだ。
「長ったらしい文句のお陰でここまで来れた。間に合って良かったよ。最後に会うお前が死人じゃなくて」
「嫌味? 嫌味だよね?」
「落ち着け名前。高杉はこう言ってるんだ。死化粧にはまだ早いと」
「え? そうなの? 俺ただの嫌味だと思ったわ」
「うるせー。銀時、桂、先に行け。すぐ追い付く」
「あい解った。だがチョメる時間は無いからな」
「なんだよチョメるって。まぁ、なんだ、早く来いよ」
走り去って行く二つの背中を見送り、再度、晋助は私に向き直る。
二年前とは打って変わって、目の下に隈が出来てやつれたようにも見えた。
「私は、駄目なのね?」
「……あぁ」
「私も、松陽先生の、弟子よ」
「あぁ」
「私じゃ、まだ背中は預けられない……?」
「……おめーには、もう託してる」
「何も、託されてない」
「託してんだろ」
――トン。
私の胸元に、拳が当てられた。
「銀時も言ってただろォが。俺達の後ろに隠れてた泣き虫が変わった事を伝えるとな。銀時もヅラも、二度とおめーにあんな思いをさせまいと獅子奮迅してんだ。汲み取れ」
「なに、それ。押し付けがましいにも程があるじゃない」
「馬鹿のケツ持ちは馬鹿だけで充分だ。おめーは馬鹿じゃあるめーよ、名前」
晋助からすれば、名前を呼んだだけ。それだけ。それだけなのに、感情が暴れだしそうになる。
女はすぐに泣く。遺伝子に連綿と刻まれているのかもしれない。嬉しくても、悲しくても、感情が暴れ出して、涙が流れ出してしまう。
「……そうね。私は馬鹿じゃない。馬鹿じゃないから、馬鹿共の帰りを待つことにする」
「らしい面になったじゃねェか」
「うるさい、馬鹿」
晋助の肩を小突いた。力は入っていない。入らない。
――先生によろしく。
そう言って踵を返せば、背後から思いも寄らない言葉が聞こえて、その言葉の意味を汲み取ることはしなかった。
理解してしまえば、もう二度とその言葉を聞けないような気がして、遠退いて行く足音に我が儘を投げ掛けることは出来なかった。
初めて交わされたその言葉を、今度は正面から受け止めれるように。晋助曰く、私らしい面のまま、私は彼を抱き締めよう。
私の生きる意味が、また、変わった。
(2019/10/17)