※第三再臨バレ注意。冒頭長めでごめんなさい。
 

季節は何度も変わっていく。私の成長なんてお構いなく、周りに関係なく、勝手に同じ周期でぐるぐると、変わり続けていく。
子供の頃は、こう、ゲームのようにレベルアップするイベントがあって、段々と魔王を倒すための能力を蓄えるように大人になれるものだと思っていた。
実際はそんなこともなく、移り変わる季節に置いていかれるのを必死に追いかけながら、人間は成長していく。
目の前の液晶画面に文字の羅列をただただ入力し、これが大人になるためのステップアップだと自らに言い聞かせるように単純に指を動かしていく現状に、堪えきれなくなった欠伸が出た。
スッテプアップには間違いのない、空欄を文字で埋めていく作業が続いて何日目だろうか。やっと最後の空欄を単純な言葉で埋め、そのデータを保存した。
この年齢になって転職活動をするなんて全く考えてなかったからか、思いの外、履歴書作成に時間を要してしまった。
失業保険も底をつきそうだし本腰を入れなくては、と考え出したのが遅かったらしい。複数の転職サイトを駆使し、複数社に応募したものの書類通過したのは一社のみ。数年前に起きた就職氷河期が再来したのかと思うくらい、今まで従事していた職種でも関係なく落とされ、気が病んできそうだった。
明日面接予定の一社に落とされてしまったら、もうフリーターになりつつ再就職に役立ちそうな資格を取得するしかないのではないかと、今後の将来設計について悩んでしまうのは年齢のせいか私の性格のせいか。
真っ白だった履歴書のテンプレートは文字で埋められ、同じく真っ白な職務経歴書も文字で埋まった。誤字が無いか読み返し、保存。もう一度読み返し、再度保存。うん、大丈夫そうだ。
プリントアウトして最後にもう一度読み返し、誤字脱字のチェック。テンプレートにズレが無いかも確認し、事前に撮っておいた履歴書用の写真を両面テープで貼り付けた。
そこまでして、やっと脱力。
天井は白く、蛍光灯の光はそろそろ寿命だと知らせるようにチカチカ光っていた。
前職を退職して数ヶ月。リフレッシュ期間だと貯金や退職金を切り崩しながらニートを満喫していたのだが、そろそろ定職に就かねば実家から結婚の催促がくる年齢を迎えてしまった。
以前は仕事が忙しいと逃げていたが、今はそうも言ってられない。娘がニートになったと知るや否や戻って来い、と。言い縁談があるだの色々と連絡してくるだろう。全てから逃げるには限界だ。
決戦は明日。――なんて、ドラマでありそうな文言を頭に思い浮かべ、動けと自分のお尻を叩きながら立ち上がりスーツの準備をする。退職してクリーニングに出して帰ってきたままの状態で放置されていたスーツは、年季が入っているようには感じられず、流石プロだな、と感心した。

「……入るよ、ね……?」

ふと、口から出た疑問。数カ月前と今と、そんなに体形は変わっていないような気もする。
前日だし、買いに行く時間はあるわけだし、物は試しで袖を通してみた。……うん、シャツとジャケットは大丈夫だ。問題は下半身。以前は通勤やら若気の至りで歩いたりしていたのでなんとなく運動っぽいものはしていた。今は堕落してしまっているので、なんとも言えない。そう、なんとも言えないのが女の体だ。
男性と違ってすぐに脂肪を蓄えようとする女性の身体とは難しいもので、筋肉も付きにくいしサボったらすぐに落ちていくし、なんなら一度ついた脂肪は落ちにくい。本当に、難儀な体である。
そして、この数カ月の運動といえば、家から徒歩5分圏内にあるコンビニへの移動や自転車で最寄りのスーパーへ行くだけの私の下半身は……ギリギリだった。
ファスナーは閉まった。お腹を最大に引っ込めたら、閉まってくれた。心の底からの感謝を誰かに伝える。
部屋にある全身鏡でチェック。太腿の部分が少し広がっているように見えるが、突っ張っているようにも見えるが、タイトスカートならではのものってことでなんとか大丈夫だろう。お腹の出っ張りはジャケットで隠れるし、うん、大丈夫。
自分に言い聞かしながら鏡の前でターン。背面は、……お尻が出てるけど、これもタイトスカート特有の以下略。――よし、大丈夫だ。
無事に採用されて給料が入ったら新しいスーツを買おうと心に決めた。
皴にならないように脱いでハンガーにセッティング。壁に掛かったスーツを見て緊張しないのは、私が成長したからなのか老いたからなのか。
リクルートスーツを購入した大学生の頃を思い出す。就職活動の時に着続けたスーツはもう捨ててしまったけれど、20代前半と後半では、こうも気持ちに差が出るもんなんだなとか感傷に浸り続ければ、学生の頃は大人になったらなんでも出来るなんて希望を抱いていたなぁと思い出した。
そもそも勉強は面倒だったけれど、それを含めた日常が楽しかったのだ。友人関係も、恋も、満喫していた気がする。

「……懐かしいなぁ」

もう一度座って、テーブルの上に置かれたままの履歴書と職務経歴書を眺める。社会人になってから恋というものをする時間はほとんど無くて、恋人と呼べる人間とは長続きせずに気が付けば別れていた。友人と遊ぶ機会も無くなって疎遠になってしまったし、私はこのまま損をし続けてしまうのではないだろうか。
リフレッシュ期間である今の間にもっと色々満喫しておけばよかったのかもしれない、と思い直したけれどそれさえも後の祭りなのだ。人生とは厄介なものである。

「あの頃に戻りたい……」

書類をクリアファイルに入れてビジネスバッグへイン。テーブルの空いたスペースに額を押し付け、深く深く深呼吸。
馬鹿みたいに騒いで、馬鹿みたいに遊んで、馬鹿みたいに恋してた、あの頃が懐かしい。五年以上も前の事なんて懐かしいと思い出す記憶ではないのに、固執しているのかのようにあの頃を懐かしんでしまうのは老いた証拠か。
俺の若い頃は、とか飲み歩いている人が言う常套文句だと思っていたけれど、昔を回顧して想いを馳せるのに男女差はなかったようだ。
しかしながら、若かったので仕方がない。全てに全力出せるのは学生の特権なのだ。多分。そんな全力で楽しんでいた私とは違いアイツ――当時の元彼は、常に悪態ついて日々を過ごしていたな。と、ついでに思い出してしまった。
思い出したかったわけではないのだが、これは仕方ない。一度脳裏に浮かんでしまっては、美化されている記憶がどんどんと流れ出てくる。
そういえば、アイツに会ったのは講義の合間の移動時間だった気がする。……駄目だ。その時のアイツの態度が、未だに私を刺激してくる。苛々してしまう。思い出すのを強制的に止め、鳴らないスマホで時間を確認した。
あと十数時間後には面接だ。頭の中に自己PRやら様々なパターンの質問の回答を巡らしながら、思い出しかけていたことを強制的に脳みそから追い出していった。
早めに寝たら早めに起きれるだろうと部屋の電気を消し、布団に包めば、すぐに睡魔は襲ってきた。――決戦は、明日。

……。そして、二度寝からの時間ギリギリに家を出る事になってしまうまでセットなんだ、と確信。
持って行くものは全てビジネスバッグに入れていたけれど、起床してからの自分の準備は別だ。久しぶりのメイクには時間がかかり、髪の毛をまとめるヘアゴムを探す時間も無駄だったと何とか間に合った電車内で息を整えながら自分のドタバタ劇を反省した。
駅に着いたら改札口へ早歩き、からのノンストップで歩けば間に合う。これまた久しぶりに履くパンプスは既に私の踵からアキレス腱の部分までを痛め付けているが、面接が終わるまでの我慢である。終わったらコンビニに寄って絆創膏を買えばいい。面接の頑張り度に応じて安いのか高いのかを考えよう。
なんて事を考えながら会社の最寄り駅へと到着した。シミュレーションした通りに早歩きを敢行。即座に両足に激痛。でも止まってなんかいられないので、痛みに耐え抜き命からがら決戦の地に辿り着いた自分を褒めたい。全力で褒めたい。
結果なんてどうでもいいから高い絆創膏買ってやる。あとお高いアイスと酒。もうそれを目的にしてやる。
辿り着いた高層ビジネスビルは、さながらバベルの塔のようだ。目的の会社がある階を再確認し、エレベーターへと乗り込む。目的階に到着すれば、すぐ目の前に受付があった。
受付嬢の方に面接に伺った旨を伝え、近くの椅子で待つように促された。
既に決戦は始まっているようなもので、ひょこひょこっとした歩きを見せてはいけない。痛みなんて慣れれば痛くなくなるのだから、我慢しかない。
椅子に座り待っている間にパンプスから踵だけを脱いで靴擦れの確認をしてみれば、先に視界に見えたのはストッキングに滲んだ血だった。アキレス腱から踵まで綺麗にズルムケだ。これは痛いはずだと納得してしまうのは、女は血に強いと言われる所以かもしれない。
もう仕方がない。到着してしまったので諦めろ。我慢だ、我慢。
痛さに耐えながらパンプスを履き直し、採用担当者が来るのを待つこと数分。二人連れ添って歩く、男女が私の方へと向かって歩いてきた。
きっちりと着こなしたスーツは同じ女性であっても格好良さを感じてしまうし、今の私よりも似合っているタイトスカートから見えるふくらはぎが綺麗だった。

「お待たせしました。お部屋に案内致します」

そう言って誘導してもらいながら、面接の行われる部屋へと案内される。テーブルも、壁も、床も椅子も、全て白かった。

「お掛け下さい」
「失礼します」

さぁ、本戦が始まる。頭の中でゴングが鳴った。
白い部屋に似つかわしくない紺スーツの私は、今目の前の面接官にどう見えているのだろうか。
気合いを入れてまずは目力を、と二人の姿を視界に焼きつければ、白の部屋に似つかわしくない程の、黒と表現するよりも灰色味を帯びた髪色と目が合った。――目が、合ってしまった。
その瞬間、目の前に新しい玩具を置かれて嬉しがる子供のように口が弧を描く。いや、子供のように可愛いものじゃない。それよりも極悪な笑みだ。そして、私はそれを知っている。
ハヒュッ。――静かに喉が鳴った。
淡々と進んでいく面接。動揺を隠すように口早に受け答えをする私。そして、それを見て悪辣に微笑むもう一人の面接官。背中に一筋、汗が流れた。

「それでは、以上となります。ありがとうございました」
「……ありがとうございました。失礼します」

一礼は忘れずに出来た。扉を閉める際の一礼も出来た。
ゆっくりと扉が閉まる。解放される。よし、よしっ。
急ぎたいけど靴擦れの痛みを我慢する事で必死なのだが、受付嬢の方への御礼も忘れない。このままエレベーターに乗って階下まで一目散に逃げれば、私の決戦は終わりだ。
急げ、急げ。
でも、さっきから警鐘が止まないのは何故でしょう?
エレベーターが私を迎えに来る。誰も乗っていない。直ぐに乗り込み、受付嬢の方と目が合ったので平静を装った笑顔で最後の一礼。このまま時が過ぎればいい。
そして、私だけだったエレベーター内に他の人が乗り込んで、私の願い届かずエレベーターのドアは無慈悲に閉じられたのだった。
……頭が上げれない。一階へ行くボタンも押せてない。冷や汗が身体中から吹き出ている気がする。
そんな私の頭上から、低い声。

「君、ちょっと太った?」

ヒャオッ。――喉が、悲鳴をあげた。

「オ、……オヒサシブリ、デスネ」

精一杯の挨拶。顔を背けながらだが、それが同乗者にはお気に召したらしい。楽しそうな声で、尚且つ弄ぶように笑われる。
最悪な思い出かと問われれば、正直に言うとそうではなかった。一緒に居るとお互いに素を出せたし、仲も悪かった訳では無い。
それでも、卒業と就職を機に音信不通になったり疎遠になるなんてザラにある事だし、自然消滅も大人の世界では普通だ。多忙で連絡出来ないなんて、普通なのだ。
警鐘は鳴り続けているが、深呼吸すれば鼓動の速さも落ち着いていく。冷静に、頭を回転させよう。

「何も話さないんだな」
「……本日お会いした採用担当者の方と、何を話せば良いのでしょうか?」
「ふうん。そうだね。確かにそうだ」

怪訝そうな表情からは何も読めない。この人の性格は変わっていないのだと、安心したようななんとも言えないような。
沈黙の空間に耐え切れなくなりそうだ。誰か他の階から乗ってきてほしいのに、タイミングが悪く誰も乗ってこない。昼休み手前の時間だからなのかもしれないが、多少早めのお昼を堪能してくれてもいいんだぞ会社員の皆さま。
面接官と求職者なんて、感動の再会でもなんでもない。だから驚きはしたものの特別な会話をするわけでもなし、徹頭徹尾このままの調子を維持できれば……今までのこの人と差異がないのならば、飽きてくれると考えた。思い通りの行動をされない事が彼のお気に入りなのだと、一度男女の関係になったからこそ理解できている。だから別れる時まで私は――、
エレベーターのドアがゆっくりと開いていく。一階のエレベーターホールでは何人かの会社員の方々がエレベーターの到着を待っていたようで、私と彼が降りれば雪崩のようにエレベーター内へと人の波が流れていった。
この流れを利用してもう一度エレベーターに乗ったら彼を撒けるのではないか?……いや、自分の足の状態を考慮すれば、その策は失策だ。一瞬でそれを思案し、やっぱり普通に歩いてコンビニまで向かうのが一番の得策だな。
背後にぴったりと付いてきている男の姿は気にしないことにし、激痛に耐えながらヒールを鳴らして歩く。向かうのは駅とビジネスビルの丁度中間地点にあったコンビニだ。
さすがに仕事中なわけなのでそこまではついてこないだろうと、思っていた。――思い込んでいた。

「……この辺りでいいか」
「――えっ、……わっ、っ!?」

足の痛みがいきなり軽減され、私の身体は宙に浮く。未知の力が働いたわけではなく、ただ単に背後についてきていた面接官に抱きかかえられただけなのだが、これはこれで問題があるのではなかろうか。
もう一つ問題なのが、完全なる横抱きをされたところだ。スーツを着込んでいるけれど細身だったはずの彼に抱えられるなんて、昔なら考えられなかった。というか、考えてもみなかった。
文句を言えば怪訝そうな目で上から一瞥されるので、黙るしかないのはもうそういう日だと思っておくしかない。そのまま元々の目的地であるコンビニへと連行され、喫煙所に併設しているベンチへと座らされた。

「……待ってて」
「あ。はい」

命令系ではない。けれども有無を言わさない声色で、私を置いてコンビニに入っていく姿は普通に変わらずかっこいいなと思ってしまった。仕方がない。昔付き合っていたんだもの。
元カレ――大学時代に恋愛関係となっていた彼、オベロンは普通に美青年だったしそれが成長しているのだから男性として魅力的な人物になっているのは当たり前だ。好きだったのだから、改めて好意を持ってしまうのは仕方ない。
仕方ないのだけれど、性格も変わらなさすぎやしませんかね? というか、灰皿の置いてある喫煙所側じゃなくて、反対側にあるゴミ箱側のベンチで良かったと思うんですけどね。あぁ、そっか。アイツ喫煙者だ。思い出した。だって出会ったのも大学の喫煙所だ。流石、アイツらしい。

「大人しく待ってたんだ」
「……待ってろって言われましたから」
「おかしいなぁ。待っててって言ったんだけどね。まぁいいや。足」

出して。とは言われてないけれど、有無を言わさない圧。コイツは気づいているのだ。

「なに? 出せない理由あるの?」
「いや、そうじゃなくて、」
「それじゃあ出せるよね。あっ、無理矢理されたいんだ。へー、きみがそんな趣味を持っていたなんて初耳だなぁ」
「そんなこと言ってませんけど!?」
「足」

怪訝そうな表情から、眉間に皴が寄る。彼の事を知らない人からすれば、ただの笑顔なんだろう。でも、ニッコリなんて笑っているわけではない。内心ものすごく苛立っているのだろう。
これ以上抵抗すれば、言っている通りに無理矢理にでも足を掴んでストッキングを破り取ると思う。それはそれで帰宅時に困るので、おずおずと右足を出した。
無言で私の足首を手に取り、スラリとした白い指先が黒いパンプスを脱がしていく。手付きは凄く優しいのに、表情の雲行きが怪しいのはなんでだろう。
いや、なんでだろうなんて考えるだけ無駄だ。洞察力に長けているこの人になんて、私の考えていることはお見通しなのだ。

「はぁー」

長い溜め息だった。
時が止まった気がする。というのは語弊があるのだけど、車道を走る車も、周りを歩く人間も、すぐ背後のコンビニの出入り口も軽快な音を立てて開閉している自動ドアも全てが動いているのに、私とコイツの間だけが止まった。
――ヒュッ、と喉が鳴る。明らかに、目の前の好青年は怒りを露わにしていた。

「……きみさぁ、どんだけ自分をいたぶるのが好きなの? マゾなの? そういう性癖とか持ってる? そうじゃなきゃ説明できないよね。なんだよ、これ。クソ、買ってきたのが無駄になったじゃないか」

右の足首はアキレス腱部分から踵まで皮がズル剥けで、ストッキングとその部分が血で癒着していた。なんとも生々しいというか、グログロしいというか、これ皮が二、三枚いっちゃってるかもしれない。
また長い溜め息を吐かれ、ついでに舌打ちのオマケもついてきた。

「待ってろ」

今度は完全な命令形。これに抗ってしまえば、多分、私の今後は終わる。文字通り、終わる。
深く頷けば、よし、と飼い犬に言うような口調で私の頭を一撫でしてオベロンは立ち上がり、ポケットからスマホを取り出してどこかに電話を掛けだしたようだ。人の電話を盗み聞きする趣味は無いので聞かないようにと別の事を考えようとしたが、通話の為に少し離れただけなので嫌でも聞こえてしまう。相手がどなたかは分からないが、彼の口調が違っているので会社の人だろうと推測して……やめた。この後自分がどうなるか理解してしまいそうで、それは自分にとって有益なのかどうなのか戸惑ってしまいそうで、やめた。

「――それじゃあそういう事で。よろしくね〜」

軽い口調で通話を終わらせ、笑顔から真顔に戻りながらオベロンは私の元へと歩いてくる。その表情筋はどうなっているんだと考えてしまってはこちらの負けだ。そんな彼が全てなのだから。

「行こうか」
「……どこ、に」
「俺の家だけど?」

何か問題ある? 無いよね? という風に、また私を軽々と横抱きしたオベロンは、近くのタクシー乗り場へと颯爽と歩いていく。周りの視線なんかお構いなく、戸惑いながら抗議する私の言葉なんて聞く耳持たず、私はタクシーに乗せられてしまう。
一般的な女性が一般的な男性に筋力で勝てるわけないのだ。抵抗しても無駄なのだ。特に、コイツに対しては、何しても無駄なのだ。
今日が決選日だと決意していたのは私自身だけれど、こういった決意をしていたわけではない。
昨日のうちにパンプスの履き心地も確かめておくべきだった。
準備不足な昨日の自分を逆恨みしながら、無言が占める車内の空気を耐えるしか私にはなす術もなかった。


(長くなったので続きます…。2021/11/28)