Zet at zeT









今日も今日とて忙しい春雨艦隊内。私、名前こと第七師団団員も例外ではなく、艦隊内を右に左に行ったり来たりしていた。半刻ほど前、上司であり同じ夜兎族でもある阿伏兎さんに頼まれたこともあってか、私の歩くスピードは段々と早足になっていた。とある一室の前で足を止める。何度かノックをすれば、返事が返ってきたので扉を開けた。

「団長、帰ってきてるならちゃんと声をかけてください」

私の目の前にいるのは、少し澄色がかった長い髪を三つ編みにしている私の所属する第七師団の団長で、私を拾って育ててくれた神威団長だ。床に寝転んでこちらに背中を向けているので団長の表情はわからないが、きっといつも通りの笑顔なんだろうと思う。とりあえず手元にある書類と阿伏兎さんからの伝言を伝えるために室内に入る。いきなり起き上がった団長にはさほど驚かなかった。

「なに?」
「これ、この間の江戸での報告書です。それから、阿伏兎さんが、変なことを言いふらすなとおっしゃってました」
「変なこと?……ああ、俺が鳳仙の旦那を殺したってこと?」
「そうです、それに決まってるでしょう」

この間、団長と阿伏兎さんと私、それからもう一人の夜兎(接点があまり無かったから名前を覚えていない)で江戸に向かった。上からの任務で、鳳仙という夜兎の監視と地下に広がる吉原を見てくるための任務だったのだが、銀髪の侍さんやら団長の妹さんなどに邪魔されたせいで(むしろ私は妹さんがいたことにびっくりしたんだけど)色々と失敗に終わった件だ。阿伏兎さんは片腕を無くすし、もう一人の夜兎は死んじゃうし、私も重症とは言わないけれど怪我を負ったし、被害は半端なかった。それなのにも関わらず、団長は勝手に出歩いて、また江戸にお忍びで行ったりしているらしい。阿伏兎さんが愚痴を漏らすという事は、相当堪忍袋の緒が切れそうだということだ。

「わかってますか? 団長のせいで、部下の阿伏兎さんや私が被害を被るんですよ?」
「んー、そんなの名前がやる必要ないじゃん。阿伏兎にやらせときなよ」
「そうも言ってられないから、団長を捜してたんですっ」

床の上に積まれた書類の束を置く。団長は相変わらずにこにこと微笑んでいて、本心は何を考えているのかわからないけど、私は気にせず書類の処理を彼に申しつけた。適当にパラパラと積まれた書類を団長は静かに見ていたけど、飽きたのかしばらくするとバサッ! と宙に舞わせた書類を床一面に広げやがった。これには阿伏兎さんの堪忍袋の緒ではなく、私の堪忍袋の緒が切れそうになった。

「な、なにしてるんですかっ」
「だってさ、こんなの阿伏兎にやらせれば良いじゃん」
「さっきも言いましたけど、そうも言ってられないんです。阿伏兎さんは他にやることがあるし、団長ばっかりに構ってられないんですっ」
「じゃあさ、なんで名前は俺にばっかり構ってくれるの?」
「そっ、そりゃあ、団長の部下だからに決まってるでしょう! 他に何があるんですかっ」

言われるとは思わなかった言葉に少し動揺しつつも散らばった書類を一つにまとめる。団長の手が私の手に重なって少し、いや、かなりドキッとしてしまった。

「……なにしてるんですか」
「いや? 名前の手は暖かいなーって」
「何考えてるんですか…」

手をどかして集め終わった書類の束を両手に抱えて立ち上がる。「もう行くんだ?」と呑気な声色で団長が聞いてきた。

「全く仕事をしてくれる気もなさそうなので、私はこれにて失礼させていただきます」
「書類は? もういいの?」
「もういいです。私が見て記入して控えておきますから」

呆れた、という雰囲気を私が醸し出しているのにもかかわらず、団長はやっぱりにこにこと微笑んでいた。彼が微笑んでいるのには理由があったはずだけど、今はその微笑みが憎らしく思えてしまう。颯爽と立ち去ろうとすれば、何も無いところで躓いてしまった。本能的に目を閉じたが、やってくるだろう痛みはやってこなかった。

「……大丈夫? 危ないなぁ、もう」

どうやら団長が私を支えてくれたようで、そのおかげでこけなくて済んだみたいだ。お礼を言おうと口を開いた瞬間、胸元になんだか違和感が走った。

「うーん…良い感じなんだけど、もう少しボリュームが欲しいなぁ」
「どっ、どこさわってんですか…!!」

胸元にある手をおもいっきり振り払って距離をとり、団長を睨む。団長はけらけらと笑っていた。

「上司から部下に対するスキンシップだよ? わからないかなぁ」

少しでも団長に感謝した私が馬鹿だった。少しでもやっぱり頼りになると思った私が馬鹿だった。


「スキンシップじゃなくてセクハラです!」


(2010/01/03)