Zet at zeT









今日も今日とて忙しい春雨戦艦内。私はいつも以上に走り回らないといけない、はずだった。

  団長、いい加減離してください」
「やだ」
「駄々をこねる子供ですか。私今から行かなくてはいけない所があるんです。だから離してください」
「やだ」

さっきからずっと団長との掛け合いはこの調子だった。必要な言伝をする為に部屋に訪れた時はいつもと変わらず普通だったのに、私が他の用で部屋を離れようとすれば団長がいきなり抱き着いてきた団長の心理を読み取ることを私は出来ない。

「団長…私、他の団からもいろいろと請け負っていることもあるんです。だから、」
「なにそれ。名前は俺んとこの団員だろ」
「いやまぁ、そうですけど。人手が足りないって事で…」
「他なんか手伝ったら、俺、名前のこと殺しちゃうぞ」

なんですかそれ流行りのヤンデレですか。と、言おうと思った。でも、団員は笑っているものの、全身から殺気が滲み出ていて、私を殺すというのは本気なんだとわかった。だから、何も言えなかった。

「ちょっ、と団長っ…く、るし…!」
「このまま名前を絞め殺しても良いよね」
「だ、んちょ…っ、」

いくら夜兎といっても男女で力の差はある。それに鍛え方や戦場で得た経験もプラスされるのであれば、団長と私の力は雲泥の差だろう。あばらがミシミシと音をたてていくような気がした。

「何やってんだよ、団長」
「…阿伏兎。なに? 俺の邪魔するわけ?」
「邪魔はしないけどさぁ、名前が死んで得することなんかないんじゃないの?」
「っ、はっ、…ん、がはっ……はっ、はぁっ、阿、伏兎、…さん、……」

やっと手が離されて、私は力が抜けたように床に倒れた。あばらは、…ん、多分、折れてなさそうだ。ただ少し呼吸がしにくい。助けてくれた阿伏兎さんにはどれほど感謝してもしきれないくらいの恩を売られた気がした。

「生きてるかー?」
「な、なんとか…」
「名前、今日は休んどきな。最近仕事し過ぎだろ? 俺が代わりにやっとくから」
「いや、あの、でも…」
  ウチの団長はヤンデレってやつだからさぁ、本当に死ぬかもよ」

小声で言った阿伏兎さんの一言に悪寒が走った。確かに、私このままだったら殺されるかもしれない。

「なぁ、団長」
「なに?」
「名前をここに寝かしても良いだろ?」
「何もしないって約束は出来ないけど」
「そこはしないって言ってもらいたいんだけどね。まぁいいか。じゃ、俺は名前の仕事代わりにやるから」

阿伏兎さんが言い残して団長の部屋から出て行く。ちょっと待ってください阿伏兎さん! 私に何かあってもまぁいいかで済ませるってどういうことですか! 私の心の叫びも虚しく、開いていた扉は無惨にも閉じられた。

「……ほら、」

もう開かない扉を見ていれば、いきなり、でも優しく腕を引っ張られて、ばふん、といつの間にか敷かれた布団の上に寝かされた。団長は顔を背けて私を見ようとはしなかった。

「………………悪かった」
「団長…」
「阿伏兎に言われたんだし寝なよ。疲れてるんだろ?」
「疲れてるってわけじゃないですけど…じゃあお言葉に甘えて、お休みさせていただきますね」

布団に包まって目を閉じた。本当に疲れていたみたいで、すぐに眠気が襲ってきた。ちょっとだけ、と意識を飛ばそうとすれば、もぞもぞと布団が動いたので起き上がってしまった。

「なっ、何してるんですか団長…!」
「してる、じゃなくて、しようとしてるっていうのが正しいんじゃないかな」
「そんなのどうでも良いんです! ちょっと、近づかないで下さいってば!」
「名前の体温に包まれて俺も寝たいのにー…」

布団に入ってくる団長を私は一生懸命防ぐ。やっぱり、団長はいざという時は怖いけど、変態だと思った。


「くっつかないでください移ります変態が!」

(2010/01/19)