Zet at zeT








しばらく多忙ということも無ければ暇ということも無く、有意義な生活を続けていたある日、私は阿伏兎さんと一緒に団長の部屋の前に立っていた。お互い呼び出された理由は知らないから、中に入るのを戸惑っているのだ。

「何を企んでるんでしょうか…」
「まぁ、団長の事だから何も考えてない気もするけどね」
「そろそろ、入ります?」
「怒鳴られるのも面倒だし入るか」

阿伏兎さんが率先して扉を開けてくれた。部屋には、俯せになった団長が倒れているだけで他に変わりは無いように見える。どうかしたんですかっ? 近付いて問い掛ければ、団長は勢いをつけて起き上がった。

「暇」
「は?」
「暇」
「あの、団長…?」
「暇」
「おいおい、どうしたってんだ?」
「暇。暇過ぎて死にそう」

一体何を言ってるんだこの三編み野郎は、じゃなかった、この団長は。頭にハテナマークを浮かべる私達の言葉には耳を貸さず、暇、とだけ何度も何度も言い続けている。なんなんだ、もう。

「よし、ということで、俺と阿伏兎が鬼になるから名前逃げてよ」
「は?」

いきなり自分の名前が出てきて思わず聞き返してしまった。鬼とか逃げるとか、意味が解らない。私が首を傾げれば、阿伏兎さんも首を傾げ、団長は溜め息を吐いた。

「鬼ごっこだよ、鬼ごっこ」
「は?」
「はい今から30秒数えるから名前は逃げてねー」
「ちょっと待ってください! なんで鬼が二人なんですか!?」
「28…27……その方がスリルが増してデンジャラスだろ? 24…23…」
「だからって、鬼二人に逃げるの一人って割合的におかしいですよ! ねえ、阿伏兎さんもそう思いますよねっ?」
「いや、名前なら逃げ切れると思うね」
「裏切らないで下さい阿伏兎さん…!」
「名前ー、捕まったら捕まえた鬼の言うことを聞かなきゃいけないから」
「なんですかその後付けルール!!」
「残り10秒〜」
「あぁもうちくしょう…!!」

走り出すしかなかった。最近は団長が好き勝手言うから自分のキャラが分からなくなってきたような気がする。船内を駆け抜けると、他の団員からどうして走っているのか不思議そうな目で見られた。私が一番それを知りたい。無我夢中で走りつづけたからか、いつの間にか目の前は壁だった。しまった、行き止まりだ。足音が聞こえてくる。やばい。

「団長! ここだ…!」

完全に裏切った阿伏兎さんと対峙する。団長と組んでいるということは、団長に私を捕まえさせないといけないから、多分、阿伏兎さんはあたしを捕まえることは出来ないはず。じりじりと間合いをとり、なんとか隙を見つけて脇をすり抜け走り出す。しまった! 阿伏兎さんの声が聞こえた後に、阿伏兎さんとは違う足音が聞こえてくる。振り向けばとても言い表すことが出来ない笑顔で追い掛けてくる団長が居た。なんだか、笑顔がとても輝いていて怖い。

「甘いね、名前…」
「げっ、阿伏兎さん…!?」

前方にいきなり現れた阿伏兎さんに捕まるわけにはいかないと、急ブレーキをかけて停まった。後ろをもう一度見れば団長がスピードを緩めながらも笑顔で走ってきている。

「俺がお前を捕まえて、団長の言うことを聞かすことだって出来るんだ」
「そんな無茶苦茶な…!」
「捕まえた鬼の言うことはなんでも聞かなくちゃいけないんだろう?」
「横暴です!! 職権乱用です!!」
「そう言ってる内にも、団長が近付いて来てるけどね」

はっ、として背後を振り向く。軽く走る程度だったのがスキップみたいな、いや、ダンスのステップみたいなのに変わっていて、阿伏兎さんにも、団長にも、捕まりたくないという意思が私の中で強まった。逃げ切ってやる。


「にこやかにステップしないでください!!」


(2010/02/02)