Zet at zeT










朝起きたら激しい頭痛に襲われた。昨日の団長のせいでストレスが溜まっているんだろうか、部屋に常備してある薬箱の中を探して頭痛薬を見つけ錠剤を一粒飲んだ。軽い外傷とかなら夜兎の能力が効果を発揮して一晩経つと治るのだけれど、頭痛や貧血などはどうしようもない。薬を飲んだけれど楽にならない体に鞭を打って準備をし始める。こういう時に限って団長が何かやらかしそうで休むことは出来ない。準備を整え、食欲が少しでもある内に、と朝食を食べるために食堂へと向かった。

「おはよう名前」
「おはようございます団長」

大量に山積みされた食器に囲まれた団長と目が合った。朝からそんなに食べているのか。いつもの事なのに呆れてしまった。私も食べる方だがその量は三食合わせても団長の一食分には到底届かないと思った。それに、今日は体調が悪い。山積みされた食器を見るだけであたしは食欲が無くなった。食べないの? 最後のデザートを食べ終わった団長が心配そうに聞いてきたので顔を左右に振って食欲が無いことを伝えた。というか、団長のせいで少しあった食欲が消え失せたんだけど、それは言わなかった。

「あ、名前、今日仕事しなくて良いよ」
「は? どういう事ですか?」
「俺と、出張」

大量の食器を一度に持ち上げバランスをとりながら返却口へ返しに行く団長が言ったことが気にかかったので聞き返した。出張って、こんな時期におかしいんじゃないか。以前、江戸に出張した時は前以て鳳仙という夜兎の話や監視に行くことを聞いていたから何かしら準備はできたが、今回の出張は些か急過ぎると思った。それに、今、私達の乗っている第七師団の船に小型船は無いはずだ。どうやって行くのだろう。私の呆然とした顔を見るなり、食器を返却し終わった団長はけらけらと笑った。

「何その顔。流行りなの?」
「流行りな訳無いじゃないですか。一体どこに、どうやって行くんですか」
「江戸に。船で」
「また江戸に行くなんて、聞いてないです」
「当たり前じゃん。俺が決めたんだもん」

この笑顔糸目野郎を一回殴っても良いだろうか。むしろピョンと自己主張するアホ毛を抜いてしまって良いだろうか。ワナワナと作った握りこぶしを震わせれば、何処からともなく現れた阿伏兎さんに止められた。

「止めないで下さい阿伏兎さん。今日という今日はこの変態、いや、馬鹿を殴らないと気が済みません」
「ひどいなー、名前。殺しちゃうぞ」
「上等ですよ。殺せるものならどうぞっ」
「団長も名前を煽るなって。名前も落ち着いた方が良い」

割って入る阿伏兎さんに諭されて、立ち上がろうと中腰の姿勢だったのを戻し椅子に座った。溜め息が出た。今日くらいは面倒事を起こさないでほしかったのに、ああ、頭が痛い。

「…名前? 名前?」

知らずの内に机に突っ伏した私の体を阿伏兎さんが名前を呼び掛けながら揺らした。腰が重い。体がだるい。私は呼び掛けに答えることが出来ないまま目を閉じ、意識が黒いまどろみの中へと飛んで行った。





「あ」

重大な事を思い出して体を起き上がらせれば、場所は自分の部屋だった。起き上がった拍子に額にあった濡れタオルが落ちたようで、布団をじわりと濡らした。

「私、もうすぐ予定日だ…」

俗に言う月経前症候群のせいで最近イライラしたり頭痛が起きるようになっていたらしい。生理は人種や種族がどうであれ女性なら必ずなるものだ。このタイミングで、しかもこんな時に気付くということは、それほど切羽詰まっていたんだろうか。後で団長に謝ろう。あと、阿伏兎さんにも。立ち上がると少し寝ただけなのに楽になっているのがわかった。布団を畳んでから二人を捜そうと思った時、ふいに部屋の扉が開いた。開けたのは団長だった。

「もう大丈夫なんだ」
「はい、少し寝たら回復しました」
「疲れてるのに無理して仕事、しなくていいから」
「…すみませんでした」
「あ、でも、出張の件は変更できないけど」
「その件なのですが、お供は私じゃなくとも阿伏兎さんの方が」
「俺は、阿伏兎じゃなくて名前が良いんだ」
「あ…っ、ありがとうございます」

直接自分が必要だと言われて、少し嬉しくなった。思わず笑顔になってしまった。もうすぐ小型船が戻ってくるから、早く準備しときなよ。団長が言うなり部屋を出て行く。一人になった部屋で、私はしばらく立ったままだった。まだにやけた顔が元に戻らない。今まで団長に褒められたことは数え切れないくらいあるが、今回のは1番嬉しく感じれた気がする。私はその嬉しい気分のまま、意気揚々と準備を始めた。



小型船が着いたと阿伏兎さんが迎えに来てくれたので、共に向かう途中朝の事を謝った。気にすんなって。いつもの調子で阿伏兎さんは笑って行ってくれた。小型船のある場所には、既にニコニコ笑顔の団長が立っていた。荷物は傘だけ。服はどうするのかと問えば江戸で買えば良いと言われた。

「では、阿伏兎さん、後の事よろしくお願いします」

それだけ阿伏兎さんに言って小型船に乗り込む。団長が言うには今から地球には3時間程度かかるらしい。私達二人が乗る小型船が出発し、硝子越しの世界は黒の世界と変わった。団長は相変わらず笑顔だった。いつものけらけらと笑う笑顔ではなく、何かを企んでいるようなそんな笑顔に私は見えた。こちらを向いた団長と目が合う。何? と聞かれたので、素直に言ってみる事にした。


「団長、その笑顔、怪しすぎです」


(2010/02/08)