Zet at zeT








無事に江戸に着けば、既に辺りは真っ暗だった。吉原に行く訳にもいかず、しばらく二人で宿を探したが見つからなかったので、仕方なく、仕方なくラブホテルに泊まることになった。重要な事なので仕方なくを二回言いました。

「最近のラブホってすごいね名前」
「いや、私来たことありませんからわかりません」
「じゃあ苗字って処女なんだ」
「恥ずかしい単語をよく口に出せますね」
「まあね」
「褒めてませんから」

明日になったら簡易ホテルを探そう。栄えている江戸の事だし、きっとどこかにあるはずだ。ソファーに座って頭を抱えるが、ベッドで寛ぐ団長を見ていたら考えている事の方がおかしく思えてしまった。そういえば、出張の内容を聞いていなかった。団長は簡単に教えてくれるだろうか。声を掛けてみればすぐに振り向いてくれた。

「今回の出張の内容って、なんなんですか?」
「え?」
「あの、え? じゃなくて…」
「出張じゃないよ」
「え?」
「慰安旅行」
「はい?」
「阿伏兎が名前を連れて旅行にでも行ったらどうだって言うからさ」

意味が理解できなくて、一瞬、いや、数秒間あたしは硬直した。そして、自分の部屋の、山積みになっている書類を思い出した。もし今日江戸に来なかったら、あの山積みの書類を全て処理し終えたはずだ。文句の一つや二つ言おうと思ったが、私の口から出たのは溜め息だった。相変わらず笑顔のままの団長に振り回されるのは慣れてるとは言え、今回の事は阿伏兎さんも関わっていたなんて、もうなにがなんだか。

「明日には帰りますよ団長」
「えー」
「駄々をこねないでください。仕事でもないなら江戸に来る意味ないでしょう!」
「ちぇー」
「あと、団長はそのベッドで寝て下さい。私はこのソファーで寝ます」
「えー」
「当たり前です」
「ちぇー」

頭が痛い。全く、子供なんだか大人なんだか。我ながら、団長の扱いに慣れてるな、と思った。部屋の明かりを強制的に消してソファーに寝転がる。少し寒いと思った刹那、ばさっ、と毛布が掛けられた。

「団長……?」
「寒いんだから、何か羽織らなきゃ風邪ひくよ。慰安旅行なのに名前に風邪ひかれたら、俺、阿伏兎に怒られるし」
「…ありがとう、ございます」
「やっぱり添い寝した方があったか」
「遠慮させていただきます。おやすみなさい」
「ちぇー」

少しお礼を言ったり褒めただけですぐ調子に乗るんだからこの変態は。足音と気配で団長がベッドへと戻るのがわかると、私はゆっくりと瞼を閉じた。明日はすぐに帰って書類整理とか、処理とか、残ってる仕事を終わらせなくちゃ。考えている内に、私の思考と意識は静かに途切れた。




揺れている。ゆっくりと揺れている。誰かに抱き抱えられてる気がした。あたたかい。うっすら目を開けると、月光に照らされた三編みが見えた。団長? 意識はなかなか覚醒してくれない。団長は私をベッドに寝かせ、毛布を掛けてくれた。

「まったく、…自分の意見を曲げない頑固なんだから」
「だ、んちょ…?」
「おやすみ、名前…  、」

優しい手つきで頭を撫でられた。それが気持ち良くて、心地良くて、私の意識はすぐまどろみの中へと消えていった。最後に団長が何を言ったのか、思い出せなかった。



起きたら既に朝だった。いや、お昼に近い朝だと言うべきか。カーテンが閉められてないせいで、太陽の光りが眩しく夜兎である私には殺人光線だ。カーテンを閉めようと起き上がろうとすれば、何かにがっしりと腰を拘束されていて起き上がることは難しそうだ。一体布団の中で何が起こっているんだろうと布団をめくってみる。私の腰を拘束していたのは、腕だった。誰の腕? 思考が追いつかない代わりに体が行動してくれた。布団を完全にめくる。私の腰を拘束していたのは、なぜか上半身裸の団長の腕だった。何があって、何が起きたのか、頭がパニックになり整理できない。そんな私を見て、起きた団長はにっこり笑っておはよう、と言ってきた。

「カーテン閉めてなかったんだっけ。眩しいね」
「そうですね。…じゃなくて!」
「良く寝れた? 身体冷えてない?」
「大丈夫です。…じゃなくて!」
「なら良かった」
「私は団長が風邪をひかないか心配です。…じゃなくて!」
「うん、寒いから、布団かけ直してくれる?」


「わかりまし…ってどこから入ってきてるんですか!」


(2010/02/11)