Zet at zeT









苗字と知り合ってからというもの、謙也は休み時間になると決まって俺らの教室に足を運んでいた。それが数日続いたので流石にどうしたものかと尋ねてみれば、予想通りというか何と言うか、案の定、謙也は苗字を好きになってしまったらしい。放課後、テニス部の部室に残り、大切な話があると切り出し苗字に対する想いを俺に告げた謙也の表情は、どこと無く中学の時より大人びていたからか、俺は負けたような気がしていた。
テスト前だということもあり、ミーティングだけで部活が終了したから部室には俺と謙也しかおらず、外からは下校する生徒の笑い声が聞こえてくる。苗字さんの事、マジで好きやねん。謙也がもう一度、そう言った。

「…ホンマか」
「おう」
「けったいなん好きになったなぁ」
「そうか?」
「喋ってみて苗字の性格分かったやろ?」
「おもろいやん」
「確かにな。でも、頭ン中、電波やで?」
「そうか?」
「電波やん。そうやなかったら、恋愛ペレストロイカ隊っちゅーもん結成しぃひんって」
「おもろいやん」
「恋は盲目っちゅーやつか。…どこが気にいったん?」
「おもろいとこ」
「まんまやん」
「自分の意見をはっきり言うとこ」
「確かにせやな」
「頭ええし」
「電波なくせにありえんよな、それ」
「可愛いし」
「うん」
「俺のスピードについて来れるし」
「関係あるか?」
「とにかくめっちゃ好きや…」
「さよか」
「俺どうしたらええ?」
「は? 何が?」
「どうしたら苗字さんにアプローチ出来るんかな?」
「知らんやん」
「同じクラスのくせに知らんのかい」
「…アイツ、自分の好きなタイプとかよう喋らんで?」
「やんなぁ…聞いても教えてくれへんかったわ」
「聞いたんかい」
「まぁな。見事にはぐらかされたわ」
「……あ」
「なんや白石、なんか思い出したんか?」
「ヘタレや」
「は」
「へたれは嫌いや、て言うとった」
「マジか」
「マジや」
「うあー、どないしょ…」
「今はリサーチ不足やし、悩んでも意味ないって。もう帰ろうや。また明日から考えればええやんか」
「白石ー協力してくれるんかー?」
「しゃあなしな。やから今日は帰ってテスト勉強でもしとき」

謙也を適当に納得させて部室を出、鍵を閉める。職員室に鍵を返しに行く間、謙也に校門近くで待ってもらう事にした。校内は吹奏楽部や軽音楽部の演奏が入り交じっていた。大会前の部活は通常通りの活動をしているようだ。早々に鍵を返し、靴に履き変えて駐輪場で自転車を迎えに行き、校門へと急ぐ。校門の少し手前で自転車に跨ぎながらグランドを見ている謙也が見えた。なにしてんねん。近くに行って声を掛けるが謙也からの返答はない。謙也の視線を追ってみると、陸上部のユニフォームを着た苗字が、普段見せないような真面目な表情、いや、真剣な表情で走っていた。夕日に照らされているその場景が綺麗で、不覚にも見入ってしまった。

「あのギャップが、いっちゃん好きや」

苗字と同じように夕日に照らされた謙也が無駄に格好よく見えた。なんか、俺だけ置いて行かれたような、そんな錯覚がした。


(2010/02/21)