Zet at zeT









頭痛で目を覚ました。
昨日の事を鮮明に思い出そうと努力する。
社長室に呼ばれて、久しぶりに会う幼なじみがそこに居た。社長曰く、昔の誼みという事もあり、その幼なじみの仕事を手伝ってやってくれと言われた。
それから定時に会社を出るなり親睦会と称して飲みに連れて行かれたんだ。
  ……頭が痛い。
二日酔いの体に追加してアルコールを注ぎ込んだら体調不良になるのも当たり前だ。
まだ寝ぼけている脳の覚醒も兼ねて水を飲もうとベッドから出ようとすれば、腰にある違和感に気が付いた。
それがさも当たり前だったかのように腰にあるそれは、私を逃がさないようにとがっちりホールドしている。
ふと部屋を見回してみる。どうして気が付かなかったのかと自分自身を叱咤してしまう。
私の部屋ではない、紛れも無くラブホテルの一室に、私は居た。
全身から血の気が引いていくのが分かった。布団をめくり、隣を見れば、すやすやと眠るイケメン  否、昨日久しぶりに会ったハズの幼なじみである白石蔵ノ介が全裸で気持ち良さそうに寝ていた。  完全に、脳が覚醒した。

「……マジかよ、」

素敵なレストランでの食事から一転して居酒屋でのひと時。所々虫食いにはなりながらも現状に至るまでの記憶を思い出してしまった。
彼が社長から教えてもらったレストランは、彼の趣味とは離れていたようだが違和感が無かったこと。
居酒屋でやっぱりこっちの方が良い、と言ってビールを飲む姿。
そして、酔った二人の行き着いた先がフランス語らしいホテル名のラブホテル。いい歳した大人二人が何をしているのだか。
ベッドの周りにはお互いの衣服やら下着が散らばっていて、行為に夢中になっていた事を語っている。
まさか幼なじみと関係を持つなんて、と自分の中の良心が痛んだ。

「……ん、?」
「あ、起きた?」
「……あー……起きた。おはようさん」
「おはよう」

簡素な会話だった。一夜を共にした男女が言い合う言葉ではない、と思った。

「いま何時?」
「……7時、かな、多分」
「なんなんそれ」
「時計がよく見えない」
「視力悪いん?」
「違う。自分の体制を考えて下さい」

私がそう言えばやっと気が付いたのか、すまん、と一言謝った彼は、私の腰を拘束していた自分の手を離してくれた。
身を動かして、電気の調整が出来るタッチ磐を見ればデジタル表示の時計は9時だった。背中に冷や汗が垂れる感触がした。

「遅刻…!!」

全裸で布団から這い出る。自分の下着が見つからなくてイライラした。
近くに異性が居るのにも関わらず、見つけた下着を身につければ、手際がええな、とベッドに横たわったままの彼に言われた。

「白石くん、貴方も社会人なら」
「クーちゃん」
「白石く、」
「クーちゃん」
「……クーちゃん、貴方も社会人なら遅刻するって事がどういう事に繋がるか分かるでしょう?」
「遅刻? 名前、遅刻なんてしてないやん」
「うちの会社は8時からなの。もう1時間も遅刻してるでしょっ?」
「いや、遅刻やないで」

イライラが段々と募っていく。
白石くんは下着を付けるという私の恥体(私は女が下着をつけるという行為は恥ずかしいものだと思っている)を見てもイケメンな顔を崩さないまま私を見ていた。
私に冷静になれとでも言っているのか。少しの間を置いて、白石くんは口を開いた。

「名前の仕事は俺の仕事を手伝うこと。俺が此処におるんやから、遅刻ではない。やろ?」
「は、…何、それ。白石くんの仕事は久しぶりに会った幼なじみとセックスするって事なの? そんな仕事ならこっちから願い下げだわ」
「そんなわけないやん」

彼の表情がやや不快なものを見る目つきへと変わった。まぁ仕事の事を言われたのだ、当たり前の反応だろう。

「貴方が会社の……私のクライアントであるなら尚更。仕事内容をうやむやにされれば私の意欲も下がる」
「手厳しいんやな」
「当たり前のことだわ」
「あの頃の素直な名前はどこに行ったんやー」
「十年以上前の話を持ち出さないで。子供の頃でしょう? 変わらない方がおかしいじゃない」

わざとらしくぎゃあぎゃあと騒ぐ白石くんを制し、とりあえず着替えはじめた。
諦めたらしい白石くんもまた、ベッドから出てシャワー室へと向かって行った。


レストランにて私は仕事の事を聞いた。社長室での詳しい話は何も無かったからだ。仕事を手伝え。それしか言われなかった。
その後、自分の属する部署へと戻り、昼食もとらずにデスクの上に積まれた仕事を定時まで一心不乱に終わらせた。
食事の場では仕事の話とかしたくないねん。白石くんは丁寧な所作でステーキを切りながら言った。
じゃあ別の場所なら良いのか。と、居酒屋に誘ったのは私だ。それでも彼は仕事の話はしなかったのだが。

「昨日の名前は可愛かったわぁ」
「は!?」
「彼氏にフラれて寂しかってんな。よしよし」
「……その整った顔を殴りたくなったわ。原型を留めないほどに」
「ホンマのことやろー」

居酒屋で酔った自分が泣きながらフラれた事を愚痴った事。それを大人な対応で彼が慰めてくれた事。それらを覚えてしまっている自分の脳に感服した。
ホテルの代金を払ってもらい、それに対して礼を言えば当たり前だと言うように手でそれを制された。
外界へと出る。太陽の光が目にしみた。
朝と呼ぶべきか昼と呼ぶべきか、そんな時間にスーツ姿の男女が二人。無性にホテル街から揃って出る事に躊躇いを感じた。
そんな私の思い虚しく白石くんはスタスタと足を動かしていく。いつの間にか私の右手を握ったまま。

「ほな、12時にハチ公前に集合な」

しばらく歩き、地下鉄の入り口付近で止まった白石くんがいきなりそう言った。
  何の事だか全く分からない。

「あ、可愛い私服で来てな。めっちゃ楽しみにしとるから」
「…え、ちょ、ちょっと待って。私これから会社に行くんだけど」
「跡部くんには俺の仕事を手伝えって言われてるやろ?」
「……待ち合わせして、仕事に向かうって言うの?」
「せや。スーツやったらアカンし、昨日の恰好のままやったらなんか嫌やろ?」

確かに、昨日着たスーツで、しかもお酒の臭いが染み付いているとなればどんな仕事内容かは知らないが支障をきたしてしまうかもしれない。私服なのは納得いかないが、その件以外に関しては了承することにした。

「俺から跡部くんに仕事内容については話してあるし、名前は気にせんと待ち合わせに来てな」
「12時にハチ公前でしょう? 人が多いから苦手なんだけど、仕事だったら仕方ないわね」
「おおきに!」

ほなまた後で。
笑顔でそう言った白石くんは、私の唇に軽くキスをして地下鉄に続く階段を下りて行った。
顔に熱が集中する。
何なんだ、一体。悪態づきながら、私は地下鉄の入り口とは逆方向に歩き出した。


(2012/03/03)