Zet at zeT








財前くんは、私に色んな事を教えてくれた。
私と彼は幼稚園からの幼なじみらしく、当時の出来事をたくさん話してくれた。それは時間が少しでも経てば覚えていたり、覚えていなかったりした。それから、新しいこともいっぱい教えてくれた。でもそれは中々覚えられなくて、私が財前くんに物事を教わって三日、私は大阪の四天宝寺中学校の三年二組に在席していて、財前くんの入部しているテニス部のマネージャーということを覚えれた。そしてもう一つ。私は修学旅行の前日に車で轢かれたことも覚えた。

「……え、X=4?」
「ちゃいます。X=7っすわ」
「中学生って、難しい問題をしてるのね」
「先輩、これ、中一の初っ端の問題」
「う、うぅ…」
「先生は先輩の回復は思いの外早い言うとったんやし、そない無理して覚えんでもええ思うんすけど」
「だって、早く学校に復帰したいんだもん」
「は?」
「財前くんの話聞いてたらね、覚えれないこともいっぱいなんだけど、楽しそうだなぁって、そう思うの。思った事はなぜか忘れなくて、私も早くその楽しさを体感したいなぁって」
「アホちゃいますか」
「そうかな? 財前くんみたいな彼氏が居るなら、私の学校生活楽しかったんだろうな、って覚えてないながらに思うもん」
「……先輩、今、なんて言いました?」

少し間を於いて、財前くんが呆気にとられたような表情で聞いてくる。なんて言った? 私、なんて言ったっけ?……えっと、…そうだ、確か、  

「財前くん、みたいな、彼氏が居たら、…んと、楽しい? 違うか、楽しかった? ん? あれ?」
「ちゃいます」
「えっと、んー、間違えてた?」
「そうやなくて、俺、先輩の彼氏じゃ  

財前くんが何かを言いかけた時、病室の扉がいきなり開き、バンッ、という音と同時に扉の方を向いた。黒い学ランを着た数人の男の人が居る。皆大人っぽい。高校生…だろうか。戸惑って財前くんを見れば、彼は男の人の軍団に向かって、先輩ら早かったすね、と言った。

「名前! 大丈夫なんか…!?」
「えっ、あ、は、はいっ…?」
「旅行先で財前から電話貰ろた時、こいつホテル飛び出して大阪に戻ろうとしてんで?」
「それほど蔵りんの名前ちゃんに対する想いは本物っちゅー事やん」
「小春ー、俺もお前に対する想いは本物やー!」
「病室では静かにせなアカンで」
「なんにせよ、元気そうで良かったばい」

次々と話すから何を言っているのかわからなくなってくる。一番初めに話し掛けてきた人は綺麗な髪色してるし、財前くんもだけど、皆それなりにカッコイイ…と思う。あ、でも眼鏡の人はアッチ系の人のようだ。
私が何も話さずただ会話を聞いてるだけで居ると、財前くんが、大丈夫ですか? と聞いてくれた。なんとか頷くが、誰が誰だか全くわからない。意を決して、あの、と声に出す。一斉に視線が私に集まった。

「あの、貴方達は、どちら様なんですか…?」

財前くんが先輩と言っていた限り、彼よりも年上なわけで、外見からして私よりも年上だと判断してなるべく丁寧な言葉遣いで聞いてみた、つもりだ。一瞬の間の後、端正な顔立ちの、私の名前を一番初めに呼んだ人が、彼氏の俺の事も忘れてもうたんか!? と言った。
彼氏という単語に私は反応して財前くんを見る。彼は溜め息を吐いていた。

「……苗字先輩、昨日も説明したんですけど覚えてないみたいですね」
「えっと、…そうなの?」
「この人がテニス部の部長やった白石先輩。苗字先輩の彼氏っすわ」

その言葉を聞いた私は、なぜか、奈落の底へと落とされたような、そんな感覚を覚えた。


(2010/08/04)