Zet at zeT









やはりと言うべきか、どう言うべきか。それ以外、この状況に合う言葉なんて私は知らないのだけれど、結局、仕事なんてものじゃなかった。
ハチ公前に待ち合わせ後、偵察だとかどうとか言ってレジャー施設やゲームセンターで遊ぶ三十路間近の男を後ろから眺め見るような、そんな仕事は初めてだ。
皮肉を込めて言えば、遊びに大人も子供も無いと力説されてしまう始末。
これのどこが仕事なのだろう。もう帰りたい。

「あ! プリクラ撮ろうや!」

今の今までシューティングゲームをしていた白石くんが私を引っ張ったのは、社会人になってから全く縁もゆかりもなくなったプリクラ機が密集するスペースだった。
平日だと言うのに若い子達が和気あいあいと喋りながらプリントされたシートを切る様は、昔の純真無垢だった学生時代の自分を彷彿とさせた。が、今は違う。社会人としての辛さや厳しさに揉まれた、汚れた私のような冷めた人間が居るべき場所ではない、と空間から言われているような気がしてしまった。
そんな私を構わず引っ張り、誰も撮影していなかったプリクラ機の撮影ブースへと放り込んだのは、言わずもがな白石くんだ。
慣れた手つきで百円玉を四枚入れ、タッチパネルで操作をする彼の手は、指がすらりと長く、少し骨張っていて綺麗な男の手をしていた。

  昔、」
「なに?」
「名前が引っ越すちょい前くらいに話してたやん?」
「え、何を?」
「家族同士で出掛けたやん。んで、大人になったら今度は二人でプリクラ撮ろうなって。覚えてないんか?」
「……ごめんなさい。全く覚えてないわ」
「まぁ、お互い小学生やったしなぁ。覚えてないのもしゃーないわ」

ははは、と笑う白石くんは、背景を選び終わったのか、画面に映る自分と睨み合う私の隣に並んだ。
相変わらず身長ちっさいな、と言われるが、推定180cm以上ある人に言われたくはない。社長も社長で背丈は大きいが、中学時代にテニスをしていたという人間が皆高身長になれるなら、男子を中心に爆発的なテニスブームが起きているだろうと思う。

「仏頂面はアカンで」
「プリクラを撮る意味が見出だせないから仕方ないわ」
「記念やん、記念」
「……なんの記念よ、全く」
「ほな、こうしようや。最後の一枚だけ、俺を彼氏と思って撮る!」
「はっ? ちょっと、それ、どういう、」
「はよ決めな最後の一枚なってまうでー」

さんっ、にーっ、いちっ。
軽快な声色でカウントダウンをした音声が終わると同時に、全身が発熱した時のようにほてった。
くらくらする。
軽く触れただけなのに、まさか、そんな。生娘か、私は。
改めて白石くんを見れば、悪びれる様子もなく、ただ真面目な表情で私を見ているだけだ。
会話は無い。
好きな写真を六枚選んでね、とプリクラ機の音声が静寂を邪魔した。





家のドアを開け、リビングに歩を進めれば今日の疲れがどっと押し寄せてきた。
一度帰宅した際に気にしている余裕などなかったテーブルの上のワイングラスは、帰宅した時のまま鎮座していた。
早々に下着とか寝間着として愛用しているジャージを片手に持ち浴室へと向かう。
化粧をしていても疲れきった表情が丸分かりで、あぁ歳だな、と鏡に思い知らされたような気がして、そんな現実を見たくないとシャワーから出るお湯の温度を上げて鏡を曇らせた。

お風呂から出て、鞄に入れたままだった携帯電話を取り出す。
新規受信メールの数が二桁。迷惑メールが殆どだろうと確認するが、迷惑メールは数件で受信したメールの殆どが白石くんからだった。
確かに今日アドレスを交換したが、こんなに送って来るとは思わなかった。
何と言うか、正直言うと、引く。物凄く引く。

「今日は楽しかった。……か。そりゃああんだけはしゃいでて楽しくなかったってのは無いでしょ」

送られてきたメールを最初から読めば、なんだか不思議と笑みが漏れていた。
そして最後のメールには、明日は会社に9時で。と書かれていた。
これは普通に出勤しても良いのだろうか。
ハテナマークが私の頭に浮かぶ。
返信しようとするが、まぁ明日出勤すれば分かるだろうと安直な考えに至る。
テーブルの上に放置されたままのグラスを流しに持って行き、ワインボトルは専用のごみ箱に棄てた。
  元彼から貰った物品は、今思えばこれだけだった。
飲み干してしまえばただ邪魔なだけなワインボトルは、私に軽々と棄てられた。いや、比喩をするならば、私は別れるのを認めただけで振ったのはあの人の方になるのだから、私がワインボトルになるのだろうか。
……止めよう。思い出しても虫酸が走るだけだ。
もうメールが来ない事を確認し、携帯電話に充電器をぶっ挿した。
赤いランプが点灯する。部屋の電気を消してベッドへとダイブすれば、スプリングがギシギシと音を立てた。


元彼の顔が何度かちらちらと現れ、そして最後は白石くんが振り向いて笑いかけてくれる夢を見た。
寝起きは微妙な気分だった。


(2012/05/11)