Zet at zeT








白石くん達がお見舞いに来てくれた翌日から、財前くんが私の病室に姿を現すことは無くなった。代わりに、彼氏だったらしい白石くんが毎日毎日病室に現れるようになった。
ポッカリと、体に穴が開いたような、そんな感じがしばらく続いたが、大して気にしないようにしていた。

私が間違えずに名前を呼んだら喜ぶ白石くん。
学校の授業に追いつけるように、解りやすく教えてくれる白石くん。
間違えたら、また始めから教えなおしてくれる優しい白石くん。
私にはこんなに優しい白石くんという彼氏が居るというのに、頭の片隅にはいつも財前くんが居座っていた。

「どうかしたんか?」
「え?」
「窓の外ばっか見とるみたいやし…外出たい、とか?」
「まぁ、そんなとこ…かな」
「退院…いつになるんやろうな」
「検査とか、まだあるみたいだし」
「せやな…」

会話が終わる。
以前の私は、どんな風に白石くんと話していたんだろう。どんな顔をしていたんだろう。考えれば考えるほど頭が痛くなった。

「……ごめんなさい」
「なんで名前が謝るん?」
「だって、私、前みたいに白石くんと話せてないから」
「俺は名前がおるだけでええねん。気にしたらあかん」
「…うん」
「さて、と。さっきやった問題の復習しよか」

笑顔で数学の教科書を開く白石くん。ありがとう、そしてごめんなさい。貴方の事を忘れてしまってごめんなさい。こんな私でも好きだと言ってくれてありがとう。
……貴方を想っていた気持ちを忘れてしまってごめんなさい。
謝ることしか出来なくて、胸が痛くなって、白石くんが居なくなった病室で泣くしか出来なくてごめんなさい。

「……会いたい、な…」

あれから一度も姿を現さない彼は、今、何をしているんだろう。テニス部…だし、部活忙しいのだろうか。部長とか、なのかな。私を喜ばそう、励まそう、笑わそうとする白石くんよりも、私の事をけなして、変な事を言ったら冷たいツッコミをして、呆れた顔で話す彼に、会いたい。
以前の私と今の私が違う人を好きになったら、この世界はどう変わるのだろうか。好きかどうかなんて、まだ、わからないんだけど。

……ああ、頭が痛い。


(2010/09/28)