Zet at zeT








  覚えているのは、突如訪れた激痛と、光の驚愕した表情と、ウチの名前を呼ぶ光の声。


その日は、曇っていて、季節柄雪でも降るんじゃないかと思うくらいの寒さだった。
そんな事関係なく部活の練習はあったが、部長という立場ながらも俺は部活をサボることにした。
マフラーで顔の下半分を隠し、どこで時間を潰そうかと思案しながら歩いていると、反対車線側の歩道を歩く苗字先輩を見つけた。重そうな紙袋を持っている様子から、明日からの修学旅行に持って行く何かを買いに行っていたんだろうと推測する。
彼氏である白石先輩が居ないのも気になりはしたが、何もすることが無いし、と先輩を呼び止めようと声を掛ける。少し前を歩いていた先輩は、振り向いて俺の存在を確認して、いつも通りに笑顔で、こっちに駆け寄って来  

「せんぱっ車ッ  !!!!!!」

この道路には滅多にトラックや大型車は通らない。休日となれば尚更だ。というか、この時間帯は車なんて、通らない。

  全てがスローモーションだった。

倒れる先輩。血が道路へ流れる、流れる、流れる。トラックの運転手は運転席から出て来るなり救急車を呼ぶ。俺は、はっとしたように先輩の元へと駆け寄った。

「先輩! 先輩! 名前っ!!」

住宅街が近かったからか、響いたブレーキ音と俺の声に反応した野次馬が集まって来る気配がした。
先輩を抱き抱えるが反応は無い。頭から流れる血が、先輩の髪を濡らしていく。
何度も名前を呼ぶが応えない。運転手は警察にも自分から連絡したようで、パトカーの音が遠くで聞こえたような気がした。






先輩は、脳の検査で入院したと、部活に顔を出しに来た白石先輩から聞いた。
あの日から、先輩は俺に話し掛けて来なくなった。そうしたのは俺なのだから後悔は無い。事実を述べただけで、事故の全容を話したわけではないから、まぁショックを受けたなら当たり前だろうと思った。
俺を彼氏だと勘違いするほど、先輩は俺を頼っていたのだから。

「なぁ財前…」
「金ちゃんどうしたん?」
「なんでそないに機嫌悪いん? ここにしわ寄って、白石みたいな顔しとる」

眉間にしわを寄せる金ちゃんは、ベンチに座りっぱなしの俺を心配したらしく声を掛けてきた。その、白石先輩みたいだと言われるのはなんとも屈辱的ではあるが。

「名前の事なん?」
「……なんで、金ちゃんはそう思うん?」
「最近な、白石もみんな名前の事心配しとるやろ? せやから、財前もなんかなぁて」
「金ちゃんは、心配やないん?」
「ワイ名前の事好きやから信じてるし、名前やったら大丈夫ってわかんねん!」
「でも、元の苗字先輩には戻らんかもしれんねんで」
「名前は名前やん。難しいことわからんけど、名前は何があっても名前やないん?」
  ……せやな」

やけに確信めいた事を言われた。まさか、金ちゃんに言われるとは思っていなかったが。さすが純粋というか、無垢というか。まぁ考えが纏まったから、感謝するべきなのだとは思う。

「ありがとうな、金ちゃん」
「ん? なんやわからんけど、もう大丈夫なん?」
「金ちゃんのお陰やわ」

恥ずかしそうに笑う金ちゃんはお礼を言われたことにがそんなに嬉しかったのか、またコートに戻って練習をし始めた。
ベンチに座ったまま一番奥のコートでラリーをする白石先輩を見つけた。相手は、珍しくオサムちゃん。
意を決した俺は立ち上がり、白石先輩の元へと向かうのだった。


(2011/06/07)