Zet at zeT








どうしてこうなった!――と、電柱に頭をぶつける勢いで、いや、ぶつけながら叫んだ。心の中で。決して口に出したわけではない。

「……はぁ」

溜め息が出た。
どうしてこういう日に限って運が無いのか。
彼氏の浮気現場を目撃して、修羅場に突入して、結局別れてしまった。
友人は、浮気の一回や二回見逃す心の包容力を女は持っておかなければいけない、とか言っていたが、無理だった。私には無理だった。
去り際に言われた言葉が何度も頭の中をリフレインする。――お前とは遊びだった。
遊びなら長々と付き合うなっつーの!
道端でしていた口論のせいで野次馬に囲まれるは、終電は逃すはで最悪だ。
お陰様で深山町までの少し長い距離を歩かなければならなくなった。
深夜に近い時間をタクシーや車が近くを通るわけもなく、一人トボトボと橋の上を歩く。歩く。
もうすぐで橋を越える、という時。何か、カチッと音がした。
例えるならそれは、時計の針が一進した音にも、歯車が噛み合わさった音にも、パズルのピースが合わさった音にも聞こえた。
きっと疲れているんだ。気のせいだ。そう思い込んで歩を進める。
視線の先に、黒いものが蠢いているのが見えた。
これも疲れからくる幻覚だろうと言い聞かせる。そうしなければ、納得出来ないのだ。
――蠢く黒いモノが、群れを成してこちらに向かって来ているだなんて。

「夢……?」

いや、夢ではない。本能がそう言っている。というか、私は起きているのだから夢なはずが無いのだ。
私は、アイツらに、喰われてしまうのだろうか。
ギラギラと赤い目をこちらに向ける黒いモノは、じわじわとやって来る。唸り声を、呻き声をあげながら……やって来る。
逃げても駄目だ。どうせ殺される。
あの鋭利な爪で刺され、裂かれる。それはもう飛び散る血しぶきが芸術的に見える事だろう。

「ぼさっとすんな!」

手を引かれた。――誰に?

気が付けば私は橋の上だった。橋の上、というのは語弊があるかもしれないが、鉄筋の上。一番てっぺん。
私を抱き抱えてどうやったかは分からないが、今いるてっぺんまで移動した人は、青い髪色をした赤眼の男性だった。

「こりゃあ、やべぇな……」

そう呟いた男性の声は、吹き荒れる風と橋を通り新都へ向かうアイツらの声でかき消える。

「なぁ」
「え、はっ、はいっ!」
「お前は覚えてるかわかんねぇけど、オレが助けた事だけは覚えておいてくれ」
「え、――?」

そこで、私の意識はフェードアウトした。

(2014/02/11)