Zet at zeT








――我ながら、いい女にはつくづく縁が無いと思った。


そいつと会ったのはついこの間だ。いや、この間と称するのは違う気がする。訂正すると、ごくごく最近だ。
いけ好かねぇ新しい主人に雇われ、そいつの弟子とかいう嬢ちゃんを見張っていた時だ。
通称、掃除のおじさん……そう呼ばれる変装をして学び舎――否、学校へと潜入していた時。
その時に、そいつに会った。
会う、という言葉を使うにはもう少し後かもしれない。言い換えて、見つけた、と表現しておこう。
そいつは、何と言うか、大人しそうな――そう、各学年に必ず一人は居る、独りを好むような。見ただけで、そんな奴だと解った。
部活動というものには所属しておらず、そいつは授業が終わるとすぐに校舎から出て、帰路に着く。
その姿をオレは毎日目で追っていた。
好意を寄せていたわけではなく、ただ、そいつの纏う魔力に魅せられていたのだ。
似ている。――と、直感が告げていた。


次にそいつと会ったのは、夜の街だった。
ガキ共、否、生徒の居なくなった校舎で、オレは雇い主の命令通り監視をしていた雇い主の弟子とその英霊と刃を交えた。
いけ好かない奴だったのは確かだが、令呪に縛られていなければ心が躍る一騎打ちになっただろうと思う。
まぁ、予想だにしなかった事がいくつか起きたが、雇い主の命令には従った。
それだけでも上出来だろう。と、自分自身に納得させ、夜の街を闊歩する。
この時代にオレの風貌は合わないらしい。服装も、何と言うか、チンケなものだ。
人混みがオレを避けていく中、一人、オレに近付いてくる奴がいた。――言わずもがな、アイツだ。
オレを見るなり微笑んだそいつは、一言、こんばんは、掃除夫さん。と言った。

「私服姿、初めて見ました」
「こんな時間に彷徨くなよ。変な奴にからまれるぞ」
「大丈夫です。心配する人なんて、居ませんから」
「そりゃ、どういう――」

オレが聞くよりも先に話し出すそいつは、いつも通りの無表情だった。

「私の親は海外に居ますから。私、ハーフなんです。日本には私しか居ません。だから、心配する人なんて居ませんし、からまれても…逃げれます」

何か含みのある言い方だったが、深く追求しないようにした。その方が色々と都合がいいと考えたからで、こいつの為などではない。オレの直感だ。

「でも、今日は歩いていて良かったです。おじさんにお会い出来ました」
「おじさんはよせよ。まだそんな歳じゃねぇ」
「じゃあ、名前を聞かせて下さい」
「おいおい。人に名前を聞く前にまずは自分から名乗るのが礼儀だろ?」
「あぁ、そうでしたね。失礼致しました。私は――、」

初めて、無表情だったこいつが笑った。
それがとても印象的だった。






目を覚ます。目覚めは悪い。
それはアイツの夢を見たからではなく、目の前に憎たらしいくらいに笑ったガキが居たからだ。

「何の用だ?」

気だるい体を起こせば、ガキは一層笑みを深めた。

「マスターが呼んでいるみたいですよ? 行きますか?」
「行かねぇよ。行くわけねぇだろ。第一、なんでオレがここに居ると――」
「ですよね。飼い犬から野良犬になったんですもんね」
「犬って言うな」

いけ好かないガキだ。退化しても成長しても、オレにはいけ好かないやつだった。
ガキの用件はそれだけのようで、颯爽とテントから去っていく。
何がしたかったのか。真意は問えないが、きっと、ただの気まぐれだろうと思う。それ以外考えられないからだ。

――もう、何回繰り返しているのだろうか。
久しぶりにアイツの顔を見た。触った感触があった。
顔を合わせてはいけないと理解していたのに、思考と行動がかみ合わなかった。
アイツ……苗字名前は、この日々を楽しんでいるのだろうか。
何もなく、繰り返されるこの日々を。

「…ったく。オレらしくもねぇ」

覚えとけ、なんて。
昨日の夜を思い出す。昨日と言っていいのか分からないが、覚えている限りの感覚では昨日だ。
全てを忘れてしまっている奴に固執してしまうなんて。
無関係な奴に固執してしまうなんて。
……いや、あながち無関係ではないか。
オレがアイツと出会ったというだけで、この世界が大幅に変わる事は無いだろう。
変わってしまえば、アイツはちょっとした関係者という立場から立派な関係者になってしまう。

「そう。覚えているわけがねぇ。そんなはず、ねぇんだ」

自分に言い聞かせ、バイト先である喫茶店へと足を進めることにした。
テントから出ると、空は快晴だった。






「いらっしゃいま、せ……」

嘘だろ。と、頭の中のオレが呟いた。
喫茶店の出入り口に居るのは、今朝夢に出てきた、アイツだった。
息を切らせ、呼吸の荒いその姿は、どこからか走って来たのだろう。店に入った事も気付いていないようだった。

「お客様?」
「え!? は、はい!?」

平常心を装い、近付く。嬢ちゃん達と同じ制服。授業が終わってからすぐ来たのだろうか、汗が額から頬を伝い、顎から床に落ちた。

「とりあえず、席に座って落ち着かれたら如何ですか?」

訊ねたい事が山ほど出てきたが、胸の内に閉じ込め、テーブルへと案内する。
挙動不審ではあったが、自分が何処に逃げ込んだのか理解したようで椅子に座ると、深呼吸を何度かしていた。
オーダーを問えば、アイスティーを。と、あの頃と変わらない鈴が転がるような声で言った。
夢のようだった。いや、夢なのかもしれない。
オレがこの時代の人間のように働いていて、その職場にコイツが、……名前が客として来店するという事が、本当に、夢なのかもしれないと錯覚した。
――夢だ。
もう一人のオレが答える。
これは、夢だ。この世界だからありえる、ただの夢だ、と。
それでも良いと思えてしまうのは、周りにガキ共が多かったからなのだろうか。オレらしくもねぇ。叱咤をする。
だが、運んできたアイスティーで喉を潤すコイツの姿を見ると、全てがどうでも良くなってしまった。


(2014/08/02)