Zet at zeT








――変な夢を見た。
やけにその夢はリアルで、私は自動販売機で買ったお茶を飲みながら、帰路を歩いていた。
そして、見たのだ。黒い、二足歩行の狼みたいなのが、夜の街を徘徊しているのを。
仮装パーティか何かをしていたのかと考えたが、おどろおどろしい赤い目と自分の視線が合致した瞬間に、これは人間ではないと即座に頭が理解した。
逃げる。逃げる。逃げる。
マンションの中へ入って、エレベーターに乗って、玄関の扉を閉めればもう安全だ。悪い夢を見たんだ、そう思ってベッドへとダーイブ。それで全て私は悪い夢から覚めるはず。……だった。
私の部屋を荒らしていた黒い狼みたいなやつに食べられてしまう。それまでは。

「そこで目が覚めちゃうんだよね」
「ふぅん。あんたも難儀な夢を見るのね」
「本当だよ。呪われてるのかな」
「さぁ、どうなんだろうね」
「美綴ったら興味ない返事ばっか」
「そんなこと無いよ。興味深いっちゃあ興味深い」
「本当かなぁ」

いつもの学校。いつもの昼休み。手作りのお弁当を美綴と食べながら対談する。そんな、いつもの時間。

「そういやさ、苗字は衛宮って知ってる?」

衛宮。
美綴から出た名前に思考が止まった。
確かに聞き覚えはある。聞き覚えはあるが、その人物に心当たりがない。
正直に首を振ったが、今度は美綴の思考が止まったようだった。

「そうだった? ありゃ、知らなかったか」
「名前に聞き覚えはあるけど」
「そりゃあれだね。私と遠坂がよく話してたからじゃない?」
「あ、だからか」

なるほど。それなら合点がいく。
この学校の生徒数は結構多いし、知らない生徒がいても仕方が無いし。

「それで、その、衛宮……くん? が、どうしたの?」
「あぁ、そうそう。その衛宮の家がさ、おかしいんだよ」
「何それ」

詳しく聞くと、つまり、ハーレム状態だそうだ。なんだそれ。

「男子からしたら幸せなんじゃないの?」
「やっぱそういうもん?」
「そうじゃないの?」

お互いに疑問を投げかけ合って、少しの間。
昼休み終了を告げるチャイムが鳴り、美綴と笑い合い、空になったお弁当箱を片付け始める。
なんだか廊下が騒がしいが、聞かなかった事にして授業が開始するのを待つことにした。

「またやらかしてるなぁ」
「なにが?」
「間桐」
「あー……」

私は全てを理解して、教科書を出し始めるのだった。






夕方になり、校舎を後にする。夕餉までは時間があるし、どうしようかと悩みながら帰路にを歩いていたら、やけに綺麗な少女が居た。
その女の子の髪色はまだ秋だというのに雪を連想させるような銀髪で、肌も透き通っている。きっと日本人じゃないのだろう。
誰かを待っているかのように公園の入口に立っているフェンスに腰掛けているその少女の目の前を通り過ぎた瞬間だった。

「……忘れてしまえるのは楽でいいわね」

悪寒が走った。
この子は、今、誰に話しかけたのだろう。
否、今この場には私とこの少女しかいないのだ。そんなの、私に話しかけたに決まっている。
無視して通り過ぎることも出来たのだが、何故か、私の足は止まってしまった。

「え……っと?」
「貴女、このままだとずっとここに取り残されてしまうわ。それでもいいの?」

少女が何を言っているのかわからない。
  ――その言葉は真核を突いていた。
私が何を忘れてしまっているというのかわからない。
  ――その言葉は真実を射抜いていた。
取り残されるという意味がわからない。
  ――その言葉は真髄を得ていた。

「それでも、良いのね」
「……ごめんね。お姉ちゃん、君が何を言っているのかわからないや。お父さんとお母さんはどこにいるのかな?」

逃げる言葉しか見つからなかった。
少女は静かにため息をついて、……そう。と呆れたように呟いた。

「私が何を言っているのか確かめたかったら、明日、港へ行きなさい。全て理解できるはずよ」

それでも理解出来ないなら……と言いながら去っていった少女の言葉は聞き取れなかった。
あの子は何を言っているのだろう。私は、これで(今のままで、)充分だというのに。

「とか思いつつも、来てしまう私は正直者なのか」

学校は休みで、昼過ぎまで寝てしまっていたが、まだ間に合うかもしれない、となんの根拠があるのか分からないが私はあの少女が言った言葉を信じて港へと足を運んで

いた。
港に近付くにつれてさざ波の音が心地良く耳に響いてくる。
ここはこんなにも心地のいい場所だったのだろうか。
うみねこの声が近付いてきた。

「――……あ、」

私の声は、かき消されることなく、目の前の人物に届いた。

「――――――――――」
「――――――――――」

お互い声を発さない。発せない。口がぱくぱくと閉口してしまっているのが自分でもわかるくらい、私はアホヅラを目の前の男性にさらしているのだろう。
恥ずかしい、なんて言葉はない。そんな感覚捨て去っていたはずなのだから。
それでも、彼が、私に人間らしさを思い出させてくれたから。

「嬢ちゃん、憧れの学生生活はどうだ?」
「……う、るさい…ですよ」

思い出した。思い出してしまった。
思い出したくない記憶。覚えていたくない記憶。
脳に止めておきたかった映像。耳に残しておきたかった音声。
忘れ去りたかった現実。消し去りたかった過去。
全てを、思い出した。

「また会えるなんてな」
「それは、私も、一緒です」
「相変わらず泣き顔はブサイクだな」
「その服装も相変わらずですね。もう、十月ですよ」
「お前の嫌味ったらしい言い方も、……戻ったな」
「……おかげ様です」

私は、青髪の男性に訊ねる。

「……抱きついても、いいですか?」

青い英霊は、照れながらも両手を広げてくれた。


(2015/03/05)