――回る。回る。世界が、回る。
(私の世界が回る。)
――かちりと合わさった次の世界。
(次の私はどんな世界で生きるのか。)
――歯車はどの世界が正解かわからない。
(本当の私はどこにいるんだろう。)
――鏡に映る世界は、本当なのか。
(彼はまた、私を見つけてくれるだろうか)
――誰かの世界。誰かの願望。具現された世界。
(私の世界は、何処?)
夢を見た。
綺麗な洋館に私は居た。
そこでは綺麗な黒髪の学生が一人で住んでいて、私はそこの唯一のメイドで、非常勤のような形でその学生に仕えていた。
私の親は亡くなっていて、その学生の親も亡くなっていて、境遇が似ていた。
共に学校へ行く事はせず、同じ学年でありながらも関係はもっていなかったが、洋館に帰ると他愛も無い話をしたり、特殊な話をしたり、仲は良かったようだった。
そして、私は恋をした。
「ねむ……」
カーテンの隙間から差し込む太陽光線を睨みながら目を開ける。
ベッド脇に置いてあるサイドテーブル上の目覚まし時計を見れば、そろそろ起きる時間。
体が少しだるい。
それは変な夢を見たせいなのか、それとも隣で寝ている男のせいなのかわからない。
上半身を起き上がらせて目を擦りながら、男の寝顔を見ると、無性に腹が立ったので鼻をつまんでみる。
いち、に、さん…………と数えれば、六秒で男は飛び起きた。
「か、っ、はーっ、はーっ、はーっっ……」
「おはよう。目覚めは如何?」
「悪いに決まってるだろっ!!」
「ですよねー」
青い髪を振り乱しながら私に文句を言うこの男は、数日前に知り合って大人の関係になった男だ。
見た目からしてガイジンなのだろうと思ったけれど、比較的ガイジンの多い土地なので特に何も思わなかったが、出身がアイルランドと聞いて場所が一瞬理解出来なかった事は笑われた。
北欧らしい。イギリスとかその辺りだろうという理解を一応しているが、特別調べるのも面倒なのでしていない。
「何か飲む? 朝ご飯は?」
「いや、飯はいいや」
パンツ姿で立ち上がった男――クーは、大きなあくびをしながら洗面所へと歩いて行った。
ワンルームの部屋にクーは大き過ぎるなぁ、とよく考えるのは、どんな感覚なのか。私はまだまだ経験が浅い為わからない。理解しないようにしているだけかもしれないけれど。
「あ、いてっ」
ガンッ、という音。また頭を打ったらしい。
やっぱり狭いんだろうなぁ。
コーヒーを2人分準備しながら、引っ越すかどうか考えてしまった自分の頭を左右に振った。
「今日はどうするんだ?」
朝食用に焼いたトーストにかぶりつきながらクーが聞いてきたので、いつも通り仕事だと答えれば、素っ気ない返事が返ってきた。
ふーん。とか言うくらいなら聞かなければいいのに、と思ってしまうのだが、それがこの男の性格だからと納得出来るくらいにはなってきた。
知らないのは、どこに住んでいるのか。どんな職に就いているのか。どうして日本に居るのか。――そんな、一般知識だ。
普通なら、一般的なら、相手の知っておかないといけない知識だとは思う。
けれど、クーに対しては知らなくてもいいというか、元々知っていたかもしれないというか。そんな感じなのだ。
「今日はお昼までだから」
「会おうってか?」
「そっちがいいなら」
「そうだな。会うか」
簡単な言葉を交わす、簡単な会話。それさえもクーと居たら心地がいいと感じてしまう。
どうしてこんなに相性がいいのだろう。どうしてこんなに落ち着くのだろう。
考えれば考えるだけ意味が無いものに思えてたのに、突然、口からポロリと疑問が零れ出た。
「私達、前に何処かで、会った事ある?」
その言葉に、男は、一瞬眉をひそめてからいつもの笑顔に戻って、
「さぁな。どこかですれ違ったとかじゃねぇの?」
と笑いながらこの話題を流した。
私もそれで納得する。
何か聞いてはいけない壁があるのかもしれないと察した。
スーツに着替え、出掛ける準備を整える。
今日は部活動だけなので、珍しいかもだけれどパンツスタイルにしてみた。体のラインが分かりやすくなるので、あまり履かないのだけれど。
「なぁ、名前……――っ、!」
「え? なに?」
姿見でチェックをしていたのだけれど、呼ばれたので振り返ったのだが。
何が何だか。
クーは立ったまま私を凝視して固まっていた。
私はどこかの神話のメデューサか。ひどい男だ。
「ちょっと、クー? なに?」
「あ、……いや、すまんすまん。知り合いに似てたからつい」
「つい固まられると呼ばれた私はどうしろと?」
知り合い、か。スーツを見て知り合いと言われるのならその相手は女なのだろう。というか、男と似ているとか言われたら、とても嫌だ。ものすごく嫌だ。
これでも一応私は女顔だと、思う。多分。
しかし、どんな相手と似ていたかなどは聞かず、今日の仕事終わりにどこで待ち合わせするかの話を2言3言交わし、私達はワンルームの小さな城から出たのだった。
ただのアパートなので階段を降りて地面に足をつけるとそこまもう地上だ。仕事への切り替えスイッチが入る。
「じゃあ行ってきます。またいつもの場所で」
「おう。がんばれよー」
ピンヒールでコンクリートを踏み込んで歩けば、コツコツと軽快な音が鳴り響くのであった。
(2016/03/25)