Zet at zeT








――嗚呼、また、夢が、始まってしまうのね。
(少女――否、成人女性の身体をしたモノはゆっくりと少女の姿へと変わっていく)

――いつになったら、わたしは、ワタシは、私は、
(頭を抱えた少女は闇の中へと溶けていく)

――誰か、早く、私を解放して。
(そして全てが闇へと包まれた)









気が付けば、私の目の前は闇だった。
闇しかなかった。
でも、それは闇ではなく、(それは闇そのものではなく、)私の身体を跨るように押さえつけてくる、赤い目のしたナニか。

「………………グルル、」

きっとこれは夢なのだろう。夢に違いない。
もう一度眠ればいい。
目を閉じてしまえばこの恐怖から解放される。額から流れ出る冷たい冷や汗からも、闇からも、解放される。解放されるんだ。
でも、これが、夢でなかったら。私はドウなるのだろう?
何かが頭上から落ちてきた。
粘ついているそれは、きっとこのナニかわからない生き物の体液なのだろう。涎、だ。
嗚呼、私はこいつに捕食されるのか。
ただの食料として殺されるのは、なんだろう、嫌だな。殺されるべきして殺されるのであれば、それはまぁ、そういう運命だと無理矢理にでも納得しよう。
でも、こんなわからない物体に食われるくらいなら。これが夢なのであれば。私はこのままだと夢から醒めないのかもしれない。
胸が熱い。心臓が熱い。そこだけ熱を持ったように、そこだけ火がつけられたかのように、燃え盛っているかのように、――熱い。

「……あぁ、そうだ」

放たれる閃光。青白い光はナニかを貫き、そしてナニかは消え去った。

「そうだ。そうだった…」

思い出し、た。
そう、すべて、思い出した。
それは一瞬で、光速を超えたかのようなフラッシュバックだった。
どうして私は此処に居るのか、私の存在理由、全て、全て、思い出せた。

「今の、音、は――!」

爆発音。家の外から聞こえてくる。
此処は何処だ。よくわからない室内。きっとアパートか何かの一室だ。私であり私ではない私が過ごしていたであろう一室。
覚えの無い家具。けれど懐かしむ事が出来る。だが、今はその時ではない。
窓を開ける。橋から放たれる一閃。そしてまた、一閃。
その光を目指して、私は窓から跳び出した。
ベランダから隣人が住んでいるであろうベランダへ。そこからアパートの屋根上へよじ登る。
屋根から屋根へと。自らの血筋に伝わる能力を活かして跳ぶ。

「ガルルルルルッ!!」
「邪魔です」

大気中の水分の塊。それを音速の速さで襲ってきた黒い闇の化け物を撃ち抜く。撃ち抜いて、撃ち抜いた。
それでも走るのを止めない。ジェットスキーをしているように、水面を走るように。全ての水は私の思い通りになれる。
懐かしい、この感覚。一人で水を操っていた記憶。いや、違う。私の側にはいつも、彼女が居た。
先代からお仕えしている、友人ようで、友人ではない、私の大切なお守りする人。

「お嬢様っ…!!」

やっと着いた。息が荒い。肩が上下する。それでも構わず、私は橋の上で迫り来る化け物を押し止めようと戦っていた赤い少女を抱き締めた。

「なっ、!? 貴女、どうして――!」
「やっと、やっと……思い出せました。全て、思い出せました」
「……貴女だけはこの無茶苦茶な世界から切り離されてると思ってたわ。――アーチャー、アンタ知ってたでしょう」
「さてね。そこまで私も暇だった訳では無い。……凛、第二波が来るぞ」
「ンなことわかってるっての!」
「お嬢様、私も僅かながら御助力させて頂きます!」

そう、私の隣にはいつもお嬢様が居た。そして、いつからかこの赤い外套を着た男性も居た。
この空間が心地良い。今はそんな事を考えている余裕なんて無いのだけれど、なんとも久しぶりで、嬉しくて、私の心境は一言で表せれるなら歓喜!

「君の存在は知っていた。私達が接するよりも早く、君に気付いていた男が居たのだよ。だが、凛達は君の記憶を無くしていてね」
「ええ、知っています。私の存在は英霊である皆さんには残っていても、私が思い出すまでお嬢様達人間には存在そのものが忘れ去られていた。きっと、それは、」
「君自身がもう死んでいる、と言いたいのか?」

一度、呼吸を落ち着けて、ゆっくりと落ち着いた声で、はい、と返事をした。

「きっとこの夢から醒めてしまったら、私は死ぬでしょう。イレギュラーな存在なのです。だって私は彼に心臓を穿たれたのだから」

新都に聳えるビル群の屋上を見つめる。
きっと、あそこに彼が居るのだろう。魔力を感じる。

「ここは私達に任せなさい。私とアーチャーでなんとかなるんだから、自分の決着をつけてきなさい」
「いえ、でも、私はお嬢様とこうして戦えるのが本望でしてっ」
「何言ってるの。また会えるわよ。私、貴女の紅茶が恋しいの」

此処に居るのだから死んでるわけないじゃない。見つけ出すわよ、遠坂の意地にかけて。
――そう言ったお嬢様が涙ぐんでいた気がするが、きっと私の気のせいだろう。私が泣いてしまったのだから。
アーチャーの一閃が黒い塊を捉え、空間が開く。そしてまたそれが黒く染まっていく。
2人でなんとかなるわけがない。数が数なのだから、そんなの無理に決まっている。けれど2人は後押ししてくれたのだ。私はその気持ちを無駄に出来ない。

「また、この戦いが終わったら。お嬢様へ最高の紅茶を淹れさせて頂きます。それまで、暫しお暇頂きます!」

走り出す。目指すは新都のビル群。一番高いビルの屋上。
跳んで、跳んで、跳んで行く。
きっと今の私に出来ない事は無い。断言出来る。私に弊害となる身体は存在していない。
この夢に紛れ込んでしまった、イレギュラーな存在なのだ。もしくは、この世界を作ってしまったのは私の想いも関係しているのかもしれない。
もしこの仮説が正しいのであれば、私は会わなければいけない。彼に、青い槍兵に。

「……よぉ」

思えば移動し続けて息を整える事なんて、先程の数秒しかなかったのかもしれない。
それでも、目の前の青いケルティックスーツに身を包んだ男性と同じ場所に到着すれば、不思議と息は整った。冷静になれた。
青い槍兵――クー・フーリンは、私を見ずにゆっくりと立ち上がった。

「まず、貴方に言いたい事があります」
「なんだよ改まって。気持ち悪ぃな。オレとあんたはそんな関係じゃないだろ」
「いいえ。以前はそうであったとしても、今の私達は無関係では無いはずです」
「……何の話だか」
「全て思い出しました。そして、全て覚えています。クー・フーリン。私を、私を護ってくれて、ありがとう」
「オレは別に礼を言われるような事してねぇよ」
「貴方がそうであっても、私は礼が言いたいのです。素直に受け取って下さい」
「――ハッ。そうかい。身に覚えが無いな」

気持ちを入れ替えたであろう槍兵は、己の獲物である赤い槍を構え、私を見据えた。

「全て覚えていると言ったでしょう。貴方に助けられた事、貴方と肌を重ねた事、この夢に囚われてからの事を…私は覚えています。貴方は仕方無く私を護ってくれていたのかもしれない。それでも、私は、嬉しかったのです。ありがとう、クー」
「……言いたい事はそれだけかい」
「そうですね。あと、もう一つだけあります」

覚悟を決める。この逢瀬が終わったら私は死んでしまう。消え去ってしまう。楽しい夢を見ていた。幸せな夢を見ていた。
この現況を作り出した人も私と同じ気持ちだろう。
やり直したいと思ったのだと思う。生きたいと願ったから、周りを巻き込んでこの夢を作り出してしまった。
でも、終わらせなくてはいけない。

「人を愛する事を知らなかった私に、愛を教えてくれて、ありがとう。少しの間でも、愛してくれてありがとう。貴方のお陰で私は人間になれたのかもしれません」

両手を広げる。抵抗はしない。彼に見を捧げるのは二度目だ。怖くはない。怖くはないけど、最後に彼を脳裏に焼き付けるように、見つめた。

「愛しています、クー」

そして私の身体は、彼に貫かれた。
最期に抱き締められた感覚。暖かさを感じる。

「じゃあな。オレの事なんて忘れて、幸せになれよ。――名前」

落とされた接吻が、私の最後の記憶となった。
愛してる。と、聞こえたような気がした。


(2017/01/06)