ドラマチックなFake lie.







どうにもこうにも、こいつは私と何らかの関係を持ちたいようだ。
目の前で繰り返される会話。客足が遠退いた店内には、私と店員である男女の二人しかいない。
特に意味のない空間ですぐに店を出てもいいのだが、飲みかけのアイスオレは氷が溶けきっているもののまだ残っているので、飲み終わるまで席を立たない私の性格を知っている男は、それに乗じて話を振ってくる。
梓――と呼ばれている店員も元が話好きなのか、私が新規の客だからか、根掘り葉掘りと質問攻めしてくるので席を立てないという問題もある。
このポアロという菓子にも似た名前の喫茶店は、本来からして客と店員の距離が近い店なのだろう。二人がマスターという男性にはまだ会えていないが、もしかするとそのマスターも話好きなのかもしれない。

「そういえば、そろそろコナン君達が学校から帰ってくる頃ですね」

また新しい人物の名前。有名作家と同じ名前なんて、今時の日本では珍しい。いや、私が勝手に珍しいと思っているからか。ふと、質問に当たり障りなく答えるだけだった私の口から、その人物を尋ねる言葉が出てしまった。

「江戸川コナン君。毛利さんと一緒に住んでいる小学生ですよ」
「へぇ、そうなんですか」
「毛利さんって知ってますか? 今や眠りの小五郎っていう有名な名探偵さん!」

毛利小五郎。確かに聞いた事がある。さっきも男から名前が出た気がするが、難事件を眠りながら解決するとかなんとかいう名探偵。なんて摩訶不思議な探偵だろうと思った。それだけだ。
そんな有名人が、こんな土地に事務所を構えているなんて、珍しいものだ。と、同時に、他人の事をペラペラと喋り出す男に違和感を感じた。
事務所の下にある喫茶店……。そこで身分を偽って働く公安の人間。その毛利探偵に何か問題でもあるというのか。演技としてでも男の笑顔は気持ち悪いもので、口直しにカフェオレをストローで飲めば、混ざることをやめたガムシロップのねっとりした甘い味が口の中に広がった。

「では、来客があるなら私はそろそろお暇いたしますね」
「えー! 帰っちゃうんですか? まだお話したかったんだけどなぁ…」
「大丈夫ですよ、梓さん。ここまで僕たちの話に付き合ってくれたんですから。また、来てくれますよね?」

圧。
それは紛れもない圧、だった。

「そうですね。また、機会があれば」

精一杯の笑顔で、こう答えるしかなかった。
濁しながら残りのカフェオレを飲み、私の横にある紙袋を見遣る。帰ると言っておきながら、この荷物をどう渡したらいいだろうか。
きっとこの男の事だから何か考えがあるはず。むしろ、無いとおかしいだろう。
ストローがこれ以上吸えないと音を立てたので、口から話す。お喋りな店員は玉にキズだろうが、味自体は悪くない。来るとしたら男が居ない時に来よう。

「お忘れ物には気を付けてくださいね」

店の前を掃除するためか、箒と塵取りという用具セットを持った男が言う。ありがとうございます、と一言で返した。
その宣言通り、私は持ってきた紙袋をソファーに忘れて帰る事にしよう。
偏屈な男の事だ。忘れ物に気付いた女性店員の代わりに、走れば間に合うと言って自分が持って行くフリをするだろう。
そして、どこかに停めている自分の車にそれを置いて、完了だ。売人がやりそうな手口だなぁ、なんて、自分も関わっているのにそう思ってしまった。
――空を仰ぐ。こんなにもゆっくりと流れる休日は久しぶりだろう。
物は渡す事が出来た。もうこの喫茶店にも、この道も通らない。家は引っ越し、あの男とも連絡を絶とう。
私の平穏な一般的な毎日は、これから始まるのだ。


******


「やぁ、奇遇ですね」

前職の御蔭もあってか、新しい職場もすぐに見つかり数カ月が過ぎた頃。引っ越し、携帯の解約、そして他社での新規契約も済んだ。
新しい自分として新しい幸せを見つけようと生活していれば、頭からすっかりと抜け落ちていた男が、グレーの特徴あるスーツ姿で目の前に現れた。
職場の飲み会帰りの女に声をかけるなんて、とてつもなく野暮な男だ。周りに他の人間が居る事を理解していないのか。……いや、理解しているからこそ、私が無視できない状況で声をかけて来たのか。
そうか、こいつは面倒な男だった。忘れていた。

「苗字さんの知り合いー?」
「えぇ、まぁ」
「前の職場の人? それとも、彼氏とか……!?」
「断固としてそれは拒否したい事案ですね」
「いやぁ、僕がフラれ続けているんですよ。苗字さんとは、学生時代の同期でして」

ペラペラ喋りすぎではないのか? 職場の人間は私の学歴を知っているのは理解出来るだろう。こいつも酔っているのか?
しかし、彼が声をかけてきた件に関して、少しながら感謝している自分も居る。今から三次会に行くだのとベロンベロンに酔った上司の御守をしなければならない事を考えれば、この機に乗じて退散も出来るだろう。
借りを重ねてしまうかもしれないが、背に腹は代えられない。私のアイコンタクトをどう受け取ったかなんて定かではないが、ウィンクをしてきた男の口車に乗っておこうか。

「彼女、お借りしても?」
「いいですよぉー。あのハゲ男はこっちでなんてかしておくし、苗字さん貸しまーす!」
「来週楽しみにしてるねー」

ただしイケメンに限るとはよく言ったものだ。顔の整っている男に女は逆らえない。
ハゲ男――もとい、部長の事はなんとかしてくれるとの事なので、申し訳ない気持ちたっぷりで、でもぉ、なんて言い淀んでみる。
背中を押され、いってらっしゃい! の声。うん、勝った。
来週の出社日には質問攻めに遭う事間違いなしだが、適当なバーで飲んだとでも言っておこう。このまま集団を見送った後の私達は、お互いの帰路へと向かって別れるのだから。

「声をかけて感謝しただろ?」
「ノーコメント。ただ、そうね、偶然にしては出来過ぎじゃない?」
「本当に偶然さ。近くで部下と飲んでいてね」
「……そう」

その言葉が嘘か否か、私には探る術は無い。なので、流しておくこととする。
それじゃあ、と手をヒラつかせて立ち去ろうとすれば、掴まれる腕。デジャヴュ。
連絡先の事だの引っ越しした事だのやんやと言われる事が明白だった。それ程に男の眼は真剣で、酒の所為で火照った私の顔を映している。
責められるのは嫌いだ。私が悪いわけではないのに、この男は自分の正義を頑なに曲げず相手に押し付けてくるから、こいつの事も嫌いだ。
それなのに、やはり掴まれた手を振り払う事が出来ないなんて、心と頭と体の神経は繋がっているのかと疑問に思うくらい、私は酩酊しているのかもしれない。


(2018/11/19)