▼ #09
「そうかい。居続けることにしたんだね」
「はい。私、やっぱり晋助さんのそばに居たいと思いまして」
「やめときなヨー! うちのバカ兄貴の方が蟻一匹分マシだヨー!」
「どうして神威さんが出てくるのかわからないよ…?」
私の一人暮らしに伴って住めるところを探していただいてたので、一部端折ったが事の顛末を江華さんに報告する。
お店の開店前だったから神楽ちゃんにも聞かれたけれど、それはそれ。私の大事な友人でもあるし、結局は江華さんから聞き出されるだろうし、とりあえず、別に大丈夫だと思ったから話をした。
なんでか神威さんの話題を出されたわけだけど、納得はしてもらえたし良かった。
それでもあれから数日経過しているけれど晋助さんとの進展は無い。……無くて良かったのかもしれないというのは、私の本心なのかどうなのか。今は蓋をしておこうと考えている。
「で、どうなんだい? いくとこまでいっちまうのかい?」
「え……っと、それは、どういう意味でしょう……?」
「ゴールイン!? ゴールインしちゃうアルか!?」
「えっ……いや、それは、無いです、……晋助さん、私の事、どう思ってるかとかわからない、ですし」
思わず、拭いていたグラスを落としそうになった。変な声が出た気もする。
私から胸の内を告白してしまったわけだが、晋助さんからは何もない。そう、何もないのだ。
翌日からも普通に対応されたし、なんならあの後先にシャワーを譲ってくれて、尚且つシーツを洗濯したり全ての後始末を私がシャワー中に済まされてた。そして浴室から出て電気の点いているリビングに向かえば、水を一杯差し出される始末だ。
気遣ってくれているのは理解できたし、やっぱり優しい人だなぁと再認識したのだけれど、それっきりなのだ。
会話もするし、一緒に食事もするし、今まで通りの同じく空間。だからこそ不安に駆られない。けれど、周りから見たら一体どうなるんだ? と気になってしまうのも頷けるし、今のままで満足している自分も居るのだから私と晋助さんはどうなっていくのだろう。――そう考えてるのは、私だけかもしれないけど。
「甲斐性が無い男ならやめときなよ。この世の中には男なんて星の数ほどいるんだからね。でも、それでも名前ちゃんが良いと思ったなら、逆プロポーズしちまいな」
江華さんが煙草の煙を吐きながら言う。その言葉に神楽ちゃんも何度も頷く。
私は苦笑してその言葉を受け止めるのだった。
「甲斐性、か」
「甲斐性、だそうです」
「そりゃあ、無ェように見えるだろォな」
「そうですかね? 私を拾ってくれた時点で、あるような気もしますが」
「……そりゃ嬉しいなァ」
「あ、お酒注ぎますね」
「あぁ」
明日は二人とも休み、という事もあり、二人きりの晩酌をしながら適当にテレビで放送されている洋画を見流しつつ、今日の話を晋助さんにしてみた。晋助さん曰く、洞察力の優れた江華さんには敵わないらしい。大学生の子供がいるくらいなので、お綺麗なのに申し訳ないが年の功なのかもしれない、と思った。
「私は、今、幸せです」
「……そうか」
「はい」
「俺が売り上げの為に客と寝ててもか?」
「え? それはお仕事じゃないですか。別に咎めも何もしませんよ」
――だって、私達は付き合っているわけではないから。
「そこは問い質して欲しいモンだね」
「してるんですか?」
「するわけねェよ。ンなの、三流がするモンだ」
――心底安心する自分の気持ちには、少しだけ嘘をつく。
「私も、多分、お店で働いている限りは、将来的には少なからず色恋? みたいな事をするかもしれませんし。そこはこういったお仕事なのでお互い様です」
――絶対に、するわけがない、強がり文句。
「そうさなァ……そん時ゃ、その客を店に来れなくするだろォな」
「晋助さんらしくないですね」
――心底嬉しい自分の気持ちは、表に出さずに、一緒に居れる事が幸せなのだと。欲張らないように、気持ちを落ち着かせて。
「俺のモンに手ェ出したんだ。落とし前はつけてもらわねェとな」
「なっ……んで……そう、いう事が言えるんですか……」
――爆発寸前。
「おめーは俺の女だろ。当たり前だ」
――嗚呼、この人は、本当に。
「好き、です」
「知ってる」
「私、晋助さんの恋人に、なりたいです」
「あぁ」
「一緒に居れるだけでも、嬉しいんですけど、私、どんどん強欲になってます。…すみません」
「謝んな」
「だって、その、晋助さんは、私と居て、迷惑じゃないですか? 気になっている方とか、やっぱりいろんな出会いをされている方なので……今までの恋人の方々よりも、私劣っているでしょうし……」
晋助さんの顔が見れずに俯いてしまって、態度が悪いと思われてしまっただろうか、なんておかしな心配事をしてしまうくらい、私の思考回路はアルコールの影響でおかしくなっているようだ。
テレビから聴こえてくる吹き替え音声は、男女のラブシーン音声に変わっていた。深夜に放送しているものだから仕方ないのだろうけれど、一時の洋画はどんなものでもラブシーンが入れ込まれていた気がする。今の私にとっては、とても心臓を抉ってくるようなものだが、ラブシーン如きでチャンネルを変えるのも子供みたいな行動な気がするし。いや、そんな事よりも、私は、どうしたらいいのだろうか。
もし、晋助さんに想い人が出来てしまったら、私は、また一人になってしまうのだろうか。……いけない。ナイーブになってきている。これは全てアルコールの影響だと思いた――目の前に、晋助さんの、顔。
「っ、…は、ん……あの、晋助さっ…っ…酔った勢いでは、そのっ、む……!」
「ンなわけあるかよ」
口づけは濃厚になっていく。舌が絡み合い、味わわれているような、へんな感覚だ。舌の上で転がされて、自分自身が食べられているような変な錯覚は、私を快楽と幸福に下落させていく。
堕ちているはずなのに浮遊感が全身を纏いだし、もう、何も分からない。どうでもよく、なってしまう。
「俺の傍に居る事を選んだんだろ。なら、強欲になれ、名前」
「……へ、…強欲…?」
「そうだ。俺が拾ったモンを手放すわけねェだろ。変な事考えてンのは丸わかりだ、阿呆」
「す、すみません…。お酒のせいで、ちょっとおかしな思考回路してました」
「……そうか」
再度謝罪すれば、グラス少し残った冷酒を飲み切った晋助さんが、そのまま私をソファーに縫い付けてきた。
また合わさる唇、そしてうねる舌と唾液。口に含んだばかりだからか、私からすると度数のキツイお酒の味とアルコール成分と鼓膜を占領する水音のせいで、体が熱くなっていくのにいつの間にか両手を握り留められ、晋助さんの骨張った指が自分の指に絡みついているから抵抗が出来ない。
呼吸する為に隙をついて顔を横に向けて逃げるが、それもままならない状態で耳から首筋にかけての刺激の関係で、本当におかしくなってしまいそうだ。
「あのっ、晋助さん…! 酔いが回ってますか…? もう寝ますか…?」
「……お前、自分がいつか捨てられるって考えただろ」
「あ……いや、それは、いつか晋助さんに気になる方が出来た時かなぁ、と……私、一緒に居れるだけで良いので」
「そういうとこだ、阿呆」
「でも、晋助さんは、その――」
「好きだ」
耳元で、癖のある低音の声色が、私の中に響いた。
戸惑って目を白黒させる私の顔を見て、アルコールで赤らんだ扇情的な表情を浮かべる。
「愛してる」
「っ、……」
「最初はとんだ野良猫を拾ったと思ったがな。磨けば血統書付きだったってわけだ」
「…待っ、……意味が、わかりませんっ」
「すぐに理解できるだろ」
「理解したら、自分の、黒歴史をっ、理解してしまいそうに、なって…穴に入りたくなります…」
「入れられる方だろォが」
「そういうの冗談でもやめて下さい…!」
晋助さんが、笑った。お互い熱に浮かされた状態なのかもしれないけれど、身体が合わさる時よりも、心が合わさった今の方が、とても心地良く感じた。
縫い留められていた手が緩んだので上体を起こし、晋助さんに恐る恐る抱き着いてみれば、少し怪訝そうな声で意味を訊ねられた。
「……私、ずっと傍に居ますから。晋助さん、好きです。愛してます。だから、一生傍に居させて下さい」
「そりゃあ、男が言うモンだろ。女のお前が言ってどうする」
「逆プロポーズってやつです。江華さんが、しちまいなって」
「……あのババア」
「今のは、聞かなかった事にしますね」
だって、今とっても幸せですから。――と、晋助さんをもう一度抱きしめた。
(2022/04/02)