#04





晋助さんの家に厄介になりながら、江華さんのお店で働きだして早一ヶ月が過ぎた。
その間、日払いで戴いている給料を特に何にも使わずに貯め、三種類のお札が封筒いっぱいになったので晋助さんにそれを差し出せば、眉間に皺を寄せてとてつもなく怪訝な表情をされる。
元々の一人暮らしに私が加わったことで、食費やら光熱費も嵩んでいるだろうし、買って戴いた服やら諸々の費用をまとめたらこの金額を渡しても足りないくらいだと思っていたのだが。まさか、まだまだ足りなかったのか。
それならば、江華さんにもっと働かせて頂けないかと事情をお話しなければならない。今で週四日働いているから、お店の定休日を抜いて週六日にして頂こうか。など晋助さんが口を開くまで思考を巡らすが、なかなか発言してくれないので私の考えは昼間にバイトして夜に江華さんのお店で働いて、という思考まで行き着く。
今までの過酷な状況からしたら言い方は少し変かもしれないが、日中にも出掛けて堅気の仕事をしても私の体や体力、精神力的なものは付いてこれるだろう。よし、そうしよう。
昼間のお仕事をしたら給料は月に一度なので、そこは待たせてしまう事を了承してもらうしかない。後は馬車馬のように働いて、恩を少しでも返さなければ。

「阿呆か、おめーは」
「は、い……?」
「てめーで稼いだ金だろォが。自分の為に使え」
「いや、でも。その、晋助さんには大変お世話になっていますし、私に使って頂いたお金もありますし……」
「女一人養えねぇような、そんな安月給じゃあ無いつもりなんだがなァ」
「そんなつもりでお話したわけでなくて……その、使わせてしまった分は、きちんとお返ししたいと言いますか……」
「……そうさなぁ」

私の歯切れの悪い説得を聞いた晋助さんは、溜め息を吐きながらテーブルに置かれた封筒を手に取り、中から数枚の一万円札を取り出した。
数は三枚。金額にして三万円だ。

「これだけ貰っとく。後は好きに使え」
「つまり、毎月三万円?」
「阿呆ぅ。もう要らねぇよ」
「でも洋服代とか、光熱費とか、家賃とか……!」
「要らねぇもんは要らねぇ。徴収されてばっかだったお前は金遣いを学んでこい。自分で稼いだ金は自分に使わねぇと意味が無ェんだよ」

口をあんぐりと開けてしまった。晋助さんは難敵かもしれない。
一ヶ月前の、江華さんとお会いする時に諸々の服を買って戴いた時を思い出す。確かに、私から受け取ってくれると言ってくれたのに。
それはきっと、変に頑なだった私を納得させるためだったと気付くのは、この会話を江華さんに話した時だった。
同伴だと言って私よりも早くマンションを出た晋助さんはいつも通りだったのに、お店のママである江華さんはそれさえも笑い飛ばす。

「あの子らしいじゃないか」
「そうなんですかね……。なんだか、納得いかないです」
「名前ちゃん、男っていうもんはね、女の前では意地を張りたい生き物なんだよ」
「意地っ張りって事ですか?」
「そうだねぇ。ウチのハゲなんか典型的だと思うね」
「星海坊主さん……ですか?」
「そうそう」

この一ヶ月で、お店の常連さんの名前と顔は全て覚えた。星海坊主さんもその一人で、尚且つ江華さんの旦那さんで、神威さんと神楽ちゃんのお父様だ。
月に数回、仕事仲間の方々を連れて飲みに来るのだが、当初は警察の方がこういったお店を利用するというのが不思議でならなかった。お酒の勢いで話してくれたが、こういったクラブ以外の水商売系店舗も普通に利用するのだそうだ。もっと厳格なルールがあると思ったと話せば、盛大に笑われた事を思い出す。
その星海坊主さんが意地っ張りなのだろうか?――と疑問を伝えれば、江華さんは煙草に火を点けて白い息を吐いた。

「父親として、夫として。色んな所で意地を張ってるよ。店に来る時はただの男に戻るけどね」
「……なるほど」
「晋助くんもそうなんじゃないか?」
「私には、分からないです」
「今はそれでいいよ。いずれ分かるってもんさ」

江華さんは江華さんなりの人生経験があるのだろう。大きい子供が二人居るのだから当たり前か。
若輩者である私の人生はまだまだこれからで、勉強することは沢山あると言ってくれている江華さんの気持ちを無碍にすることはせず、私は開店準備作業を再開した。





――騒がしい音が終わった。
忙しなく動き回っていた黒服達は、先程までの女共が座っていたソファに倒れ込んでいたり凭れ掛かっていたりで、これじゃあ閉店作業は明日の朝イチになるだろうと考えたが、連休前の営業日はいつもこんな感じだと思い直した。
今日は同伴だけでアフターは無い。直帰出来る。名前は店も終わり帰宅しているだろうから、明日はお互い休みということもあるしどこかに出掛けるか。などとアルコールであまり回らない頭を覚ますように、グラスに入った水を飲み干した。

「晋助」
「……なんだ」

ロッカールームへと戻る際、一人のキャストに声を掛けられる。この店のナンバー2であり、副店長でもある万斉だった。
トレードマークであるサングラスのブリッジを軽く上げ、コイツもロッカールームへと向かうようで隣を歩いてきた。呂律は回っているが大層酒を煽ったのだろう、珍しく顔が赤い。

「噂で聞いたでござる。新しい女を飼い始めたと」
「何の話だ」
「拙者に嘘は無しでざる。今回の女はどこまで搾り取るつもりだ?」

渇いた笑いが漏れた。
確かに以前は枕営業紛いの事もしていたし、今の地位を確立するまでに使い捨てた女は山程居たかもしれない。数えていないし覚えてもいないので、どれ程居たのかは記憶に無い。
だから、名前の事を言っているらしい万斉が何も事情を知らず、今までの女と同一視するのは仕方がないことではある。仕方がないことではあるのだが、その同一視は無性に苛立ってしまった。
これはアルコールの影響が少なからずあるのだと思っておく。

「アイツはそんな女じゃねぇよ」
「ほう……。それは、先日のニュースと何か関係が?」
「お前が気にする話じゃねぇってだけだ」
「なるほど。理解した。しかしながら、晋助、お前に恋する女達の恨みを買わんようにな。いつか害為すぞ」
「そんな事ァわかってるさ」
「お前が命ずれば、俺達は如何用にも動くこと。ゆめゆめ忘れるなよ」
「あぁ」

お疲れ、と手を上げ、先にロッカールームを後にする背中は、少なからず笑っているように見えた。
万斉とは若い頃からの付き合いではあるが、奴の性根は計り知れない。何を考えているのかも分からず、何を知っていて何を知らないのか分からない。そんな男だ。
――そんな男だからこそ、俺は背中を預けていられるのだが、今回はお小言が過ぎているようにも感じられる。
奴には名前の事を詳しく伝えた方が良いだろう。

「いっちょ前になるまで、まだかかるだろうからなァ」

名前が家を出ようが、このまま住み続けようがそれは名前の好きなようにさせるし、好きなようにしたらいいと思っている。
しかし、一度手を差し伸べ、飼い慣らしだしたペットをすぐに手放すような事もしたくない。自分には執着心というものが然程無いと考えていたが、実はその塊だったようだ。
神威の親の店に働かせるというのは想定外の事ではあったものの、知り合った当初からすれば表情も戻り、感情を表すようになってきたから良しとしよう。
少ない荷物を自分のロッカーから手に取れば、クランチバッグから取り出したスマホが光っていた。着信とメッセージの受信通知を知らせている。相手は名前だった。
店が少し混み合っており帰宅にはまだ時間がかかるらしい。メッセージが来たのは十分前。だとすればまだ店に居るのだろう。
俺を迎えに来させるなんざ、この女くらいしか居ないだろう。
ロッカールームを出るなり、受付で閉店業務を卒なく熟す武市にそのまま任せ、店の前に停まっていたタクシーに乗り込んだ。
働きだしてからどう成長したのか見に行ってやろう。この状況を神威が見れば、娘のバイト先に顔を出す親みたい、だとか言われてしまうかもしれない。
……それも、悪くはない。
運転手に行き先を告げて、俺が現れた時の名前の反応を楽しみにしながら、今から行く、と簡素な要件だけの文章を送りつけるのだった。


(2019/10/24)