#05





 

晋助さんと共同生活するようになり、季節が二つ過ぎた。
少し肌寒くなってきたと思っていたのだが、気が付けば道行く人間の服装も厚手のコートを羽織る程の寒さとなり、私自身も自分のお給料でコートやら冬用の服を買う事にした。
丁度、晋助さんも冬用のスーツを新調するようで、一緒に買いに行くことを提案されたのだけれど、それは丁重にお断りした。とてつもなく怪訝そうなお顔をされたが、学習しない私ではない。
夏物や秋物を買う時に一緒に出掛けたら、使用しているカードで支払いを済まされたり私にお金を出させてもらえなかったので、そりゃあ一緒に出掛けるのを憚られるというものだ。
どうして私に対してお金を使うのかと訊いてみたのだが、その返答は一貫して、自分の金をどう使おうが関係ない、という晋助さんらしい返答だった。つまり、使われないように私が動けばいいという結論に至ったので、機嫌が悪くなろうがこれは晋助さんの行いのせいなのだと理解してほしい。
というか、そこを改めて頂かないと私が困る。今以上に気を使ってしまう。
お陰様で一人暮らしの為のお金は着々と貯まっていってはいるのだけれど、いくらが相場なのか分からないので江華さんや晋助さんに聞いても余裕を持って100万あれば大丈夫という大雑把な話なので、まだまだ先になりそうだ。
最初は少し戸惑った電車の乗り換えも随分慣れたものだと思う。目的の駅で降り、改札を出て晋助さん名義ではあるが契約して頂いたスマホを使い、本日一緒に行動する神楽ちゃんに連絡すれば、もう着いているとの返事が来たので辺りを見回してみる。
明るいオレンジ色の髪色、そしてトレードマークのお団子頭はすぐに見つかった。

「待たせちゃってごめんね」
「気にしてないヨ。バカ兄貴に比べれば全然マシアル」
「神威さんは遅刻癖があるんだね」
「そんな生易しいもんじゃないネ。寝起きに殴りかかってくるバカは永遠に起きなくて良いヨ」

遅刻癖ではなく、低血圧族だったのか。そういえば、晋助さんもそうだったなぁ、と他人事のように思い出してしまう。夜遅く、いや、朝早くまで続く時もある仕事をしているのだから、そりゃあ寝ていたいという心境も頷ける。というか、最近の私自身も寝ていたいと思う事が増えてきたし、同業者あるあるなのかもしれない。
今日はお店も定休日且つ日曜日ということもあり神楽ちゃんは大学も休みだ。つまり、女子会にはもってこいの曜日である。
少し肌寒いがすぐ購入するコートの事を考えるとまだ我慢できる。つい最近まで考えられなかった自由な女子会を、今は、楽しむことにしよう。



「……コートって、高くなったね」
「こういうもんじゃネ?」

神楽ちゃんオススメのお店で買った、もふもふのコートは諭吉さんが何人も飛んで行ってしまったが、思ったよりも暖かいので金額以上の価値があったと考えておこう。
神楽ちゃんは江華さんにプレゼントするらしい、大人向けの手袋と石鹸の香りがするハンドクリームを買っていた。
幾つかの店舗で冬の装いを購入したのだが、これは、うん、買い物しすぎたなぁと。休憩がてらに立ち寄った喫茶店で四人掛けのテーブルに案内され、椅子に置いた紙袋の数を見て、衝動買いになるのではないかと少し頭を悩ます。ただでさえ晋助さんに半ば養ってもらっているような状況なので、こんなに自分のものを購入してしまって良かったのだろうか。
――いや、晋助さんに買われる方が問題なので、今だけは気にしないでおこう。

「名前さんはコーヒーで良かったアル?」
「あ、うん。ホットカフェ・オ・レにしようかな。神楽ちゃんは?」
「今日は贅沢にミックスジュースにするネ」
「わかった。じゃあ店員さん呼ぶねー」

テーブルに置かれているベルで店員さんを呼び、二人分の飲み物を注文。程なくして、私のカフェ・オ・レと神楽ちゃんのミックスジュースはテーブルに運ばれてきた。
喫茶店内は暖かいとはいえ、外の寒さを覚えた体はまだ暖を所望している。砂糖を少しだけ入れてティースプーンでかき混ぜ、一口、また一口と体内へ取り込めば、冷えた食道を伝っていくのが分かった。
ホッとひと息。対面に座る神楽ちゃんはミックスジュースを一気に飲み干していた。店内は暖房が効いているとはいえ寒くないのだろうかと思ったが、余計な心配だったようで、お店に来るお客さんがビールを飲み干した後みたいな声を出す。
そんなに喉が渇いていたのかと訊けば、ミックスジュースは別腹ネ、と的を獲ていない返答が返ってきた。

「そういえば、名前さんはいつアイツの家を出るアル?」
「晋助さんの家? んー、まだ目標額まで貯まってないから……来年の春とか、かな」
「早く出ると良いネ。私、パジャマパーティーしたいヨ」
「何それ。凄く女の子っぽい」
「でしょ? こっちはハゲとバカ兄貴が居るから嫌だし、私、名前さんともっと仲良くなりたいアル」

一緒にお出掛けしている時点で仲良くしてもらっていると思っていたのだけれど、神楽ちゃんはもっとを望んでいるようだ。それはそれでとても嬉しい。
同年代というわけではないが、女友達という存在から遠退いていた身としては幸せなお願いだった。
私もだよ、と伝えれば、ふにゃっと笑う表情が年相応よりも低く見える。しかし、お泊りの場合は、アレをクリアしなければならない。

「江華さんと星海坊主さんの許可を得れたらね」
「うぇー」

意外としつけの厳しい江華さんの事だから、ほぼ確実になにか条件を出してくると思う。星海坊主さんも然り。神威さんは……自分もと言ってきそうなので、そこは母の力を借りて拒否してもらおうか。
ちぇー、と口を尖らせながら空になったコップ内に残る氷をストローで混ぜる姿は、やっぱり実年齢よりも低く見えた。


神楽ちゃんと別れ、人混みの中を歩きながら電車に乗って最寄り駅へと到着し、マンションへと向かう帰路の途中。正面から真っ黒いコートに紫色のマフラーを巻いた人物がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
モデルのようなスラッとした体格に、黒いロングコートと少し長めに巻き残したマフラーがよく映えている。オシャレ男子の名そのものが少し薄暗くなってきた道を闊歩する姿は、何処かのランウェイだと勘違いしそうになった。
晋助さん。――その人物が認識できる距離まで近付いた辺りで声を掛ければ、薄っすらと細めた目が私を射止める。

「……買ったのか」
「え、……あ、はい。神楽ちゃんに見立ててもらって。他にも冬物のワンピースやら服やら、沢山買っちゃいました」
「そうか」
「えっと、……このコート、似合ってますかね……?」

両腕を広げる動作をしてから、子供のような事をしてしまったと後悔。恥ずかしくなってすぐに広げた腕を閉じれば、頭の上に暖かい感覚がした。

「……似合ってる。あのガキに感謝だな」
「あ、あの……子供扱いしてません?」
「してねェよ」
「なら良いんですけど……」

ぽんぽん、と頭を撫でられ、なんだか複雑な気分だ。いや、最初に子供のような動作をしてしまった私が悪いのかもしれないが。
一通り全身を一瞥され、なんだかむず痒い気持ちになったが、褒めてくれたので良しとしよう。
なんだかんだズルズルと晋助さんとの生活を続けてしまっているので、住居の主人である彼の機嫌をなるべく損ねたくはない。こちらも譲れない事はあるので今回のようにお断りはさせて頂く事はあるが、やはり外見という部分に関しては女性として気をつけたいところだ。
最初の私を知られてしまってはいるけれど、一番近くにいる異性として、今だけはちゃんとしよう。なんて考え出したのはつい最近ではあるけれども。

「今日は、夕飯どうしましょう?」
「……食いに行くか」
「えっ、いや、外食は……」
「問題でもあんのかよ」
「だって、どこで晋助さんのお客さんに会うか、わからないじゃないですか」

だからなるべく一緒の外出は避けようとしているのに。この人は意を酌んでくれてなかったのだろうか。
第一、だ。先日、お店に来た神威さんにも、あんまり出掛けない方が良い、と釘を刺された事もあるのだ。それに便乗したとはいえ、江華さんからも同じニュアンスの言葉を言われた。
私の仕事と晋助さんの仕事は、同じ水商売でも販売しているものが違う。私は楽しい時間を、晋助さんは愛を販売している。なので、愛を売る同業者である神威さんにそう言われてしまっては納得せざるおえないのに。
どうしたものかと眉をひそめれば、納得いかなさそうな表情をしたままの晋助さんはじっと私を見てくるだけで何も言わない。
この場合の対策はどうすれば――と考えていれば、ピリリ、と携帯の着信音が聞こえてきた。私の設定している着信音ではないので、必然的に晋助さんの携帯からだと察する。
舌打ちをした晋助さんがコートのポケットから携帯を取り出して液晶画面を確認。怪訝な顔でそのまま耳元に当てた。

「……なんだ。――あ? 今日はそんな予定無かっただろ。第一、俺は今日休みで……ったく。切りやがった」
「どうかしたんですか?」
「いや……」

歯切れが悪い会話になる。伏し目で何かを考える晋助さんの邪魔は出来ないと、私は追求することをやめた。真剣な表情で考え込んでいるのだから、邪魔するのは野暮というものだ。欲を言えば日が暮れるに連れて寒さが増してくるので早く帰りたいのだが、それを伝える事はしない。
考え込んでいた晋助さんと目が合う。その瞬間、閃いたように手を取られた。

「今から時間、あるよな?」
「は、はい。帰宅してからはいつも通り暇ですが……?」
「よし。ついて来い」
「はい……!?」

されるがまま、というのはこういう事を言うのか。
私は晋助さんの言葉と行動の意味を考える暇を与えられず、あれよあれよという間にタクシーに乗せられ、辿り着いた先はネオンの輝き始めた街だった。


(2019/12/07)