▼ #06
あれよあれよ、という言葉はこの現状を表現する為にあるのだろうと。昔の言葉は賢いなぁ、と。他人事のように考えながらも、晋助さんは私に何をさせたいのか、どの役割を任せたいのか、を理解した。
きらびやかなネオン街を、所謂イケメンと闊歩するのは周りの視線が痛いと改めて感じる。江華さんの話で知っているが、晋助さんの隣を歩ける女性はかなりの額を彼に貢いでいる女性しか難しいとかなんとか。実際にその現場を見たわけではないし、人伝いの話なのであまり実感が無かったわけだが、本当に、凄い事なのだと考えてしまう。
あの日、私は晋助さんと出会えて良かったと。奇跡だったのだと。周りの視線を身に受ける彼を横目に、思い直した。
「もう一度言うが、」
「大丈夫ですよ。理解してます。私は晋助さんのお客として、同伴した形で入店すれば良いんですよね?」
「……あぁ。俺持ちだからって呑み過ぎンじゃねェぞ」
「私がそんなに呑めないって知ってるじゃないですか。――大丈夫です。ひっそりとしておきますから」
助かる。と晋助さんは言う。
彼が私にお願い事をしてきたのは、これが最初で最後かもしれない。なら、せめてもの恩返しのつもりで、今日は協力させてもらおう。
意を決して、ネオン街の一角にあるビルの階段を降りていく。段々と大きな音が近付いてきて、降りきった先には数人のスーツ姿の男性が私達を出迎えた。
「話した通りだ。コイツは隅の死角の席。団体からは見えないようにしろ」
「かしこまりました」
「基本はノンアル。酒出すなら薄めろ。誰かつけるなら万斉にしておけ。アイツならヘマしねェ。それ以外はつけんな」
「はい。晋助さん」
私を置いて、コートを脱ぎながら先に店内に入って行く晋助さんの表情は、その職業の顔へと変わっていた。
詳しく事情を聞いたわけではない。ただ、今日は休みだったはずの晋助さんを目当てに太客が団体として来店し、急遽であるが店を半貸し切り状態にしたのだそうだ。つまり店としては利益を更に上げるために、そしてお客様の要望を叶えるために晋助さんを急遽出勤させたのである。
しかしながら、本日晋助さんが休みだとお客様に伝えるとそのまま帰ってしまう事もあり、同伴という形にして遅くなっても出勤する旨を伝え、晋助さんからすれば私を店に置いておける状況にさせた、というのが大まかあ状況とのこと。
晋助さんが店内に消えた数分後、スーツ姿の男性に店内へ入るよう促され、やや薄暗い、それで煌びやかな店内の隅にあるボックス席へと案内してもらった。
思っていた以上にソファーは柔らかく、お尻が少し沈んだ時点でクッとお腹に力を込めてしまった。太ってしまったのかと勘違いしてしまいそうになる。いや、確かに仕事柄お酒を飲むことが多いし、神楽ちゃんに誘われない限りは外に出掛けないので、本当に太ってしまったのかもしれない。
それはきっと多分、晋助さんが私を標準体型にしてくれたからなのだが、筋肉をつけなければいけないなぁ、と心の中で軽く決意表明をしておく。
案内してくれた男性とは違う男性がテーブルの上に色々と準備をしだし、それが終わった頃、一人の男性が跪いて挨拶をしてきた。
「はじめまして、お嬢さん。万斉でござる。以後、お見知りおきを」
「あ、はい。名前です。よろしくお願いします」
「座っても良いだろうか?」
「はい。どうぞ。と言っても、私のものではないので、ご自由にしていいかと……」
「――中々、面白いことを言うお嬢さんでござるな」
「え? そうでござろうましょうか……?」
混ざった。変に混ざった。これは本当におかしな女だと思われてししまったかもしれない。初対面の男性に対して恥ずかしいという、やってしまった感が全面に出てしまったからか、万斉さんは少し笑って、緊張しなくても大丈夫と話をしてくれる。
ホストクラブというのには初めて入ったけれど、普通の女性ならこういうやり取りでイチコロなんだろうな、と。私自身が異性を相手にしている仕事だったし、今でもおじさま方と話をする仕事なのでなんとなぁく理解してしまった。
「先程、晋助から軽く連絡を受けてな」
「はい…?」
「君が噂の女であると、すぐにピンときたでござる」
噂? 私と晋助さんはそんな広がるほどの噂になっているのだろうか? とすれば、私の素性とかが晋助さんの業務妨害になっていないかが心配になってくるのだけれど、私の眉間が寄ったのを見て、万斉さんは首を横に振り、フッと優しく微笑む。
「そんな大層な噂ではない。拙者が独自に聞き入れたもので、特に広まりもせずにすぐ収束したでござるよ」
「あ、それなら、良かったです。私のことで、晋助さんのお仕事が大変になってしまったら困りますし。あの、私、晋助さんのお宅にお世話になっていますが、ゆくゆくは出て行きますし、なるべく問題にならないように行動しますので……」
――どうか晋助さんを咎めないで下さい。
そう言えば、万斉さんは目を見開いた後に少し大きめな声で笑った。
「なんだ。そうか。そういう事か。いやぁ、こんなに面白いお嬢さんに会ったのは、久方ぶりでござる」
「え、あの、なんかすみません。何かおかしかったでしょうか?」
「いいや。名前さんが気にすることでは無いでござる。変なことを話してしまってすまない」
「いえいえ! そんな、変なことなんて。むしろ教えてくれてありがとうございます」
なぜかお互い頭を下げあって、上げた時に視線が交わり、笑ってしまった。
「そうだ。拙者としたことがすまない。お嬢さん、ドリンクは何を嗜むか教えてもらっても?」
「名前で良いですよ、万斉さん。えっと、晋助さんからあんまり飲むなと言われてますので、……では、烏龍茶を」
「かしこまりました。拙者は飲んでも良いだろうか?」
「あ、あの、私のお金じゃないんです。晋助さんが出すって。今日は急遽予定を変更したので、その……」
「あぁ、なるほど。晋助の奢りなら実質飲み放題でござるな!」
飲み放題までいってしまうのは如何なものかと思ったのだが、万斉さんの言葉の節々には晋助さんへの気遣いや二人の仲の良さが垣間見える。つまり万斉さんが飲み潰れようが、晋助さんは許すんだろう。多分。
運ばれてくるグラスに入った私の烏龍茶と万斉さんの焼酎瓶。焼酎を自分のグラスに注ぐなり私にグラスを向けてきたので、烏龍茶の入ったグラスを近付けて軽やかな音を鳴らした。
□
全く見えないようにとの配慮だったが、失敗したと後悔したのは客が帰ってからだった。
前々から派手な金遣いをする女社長ではあったが、今回は部下を引き連れての来店の為、いつも以上に金を落としてくれていた。
シャンパンから始まり最後はブランデーと決まりのルーティーンではあったが、人数も人数だからかいつもの桁より一つ多い金額。それに追加して半貸し切りの料金なのだから、今日は羽振りも機嫌も良かったのだろう。客の仕事状況はあまり興味無いのだが、後学の為に仕事の話も軽く聞いてみればスラスラと経済の話をしだしたので、次回はその方面で話を盛り上げてみるのも悪くないかと考えた。
体内へいつも以上にアルコールを取り入れてしまった事もあって、少し覚束ない足取りで死屍累々になっている店内を歩き一角のボックス席へと急ぐ。
俺が歩いてくるのが分かったのか、グラサンの隙間から横目で万斉がこちらを見遣った。
「今月の売上も上々みたいでござるな」
「前の店からの常連だ。当たり前だろ」
「お姫様は眠りについているでござるよ」
そろそろ痺れてきたのだが、代わってくれないだろうか? ――と言う万斉の腿の上には、規則正しく寝息をたてる名前の顔があった。腕時計を見れば既に早朝4時。そりゃあ朝から起きていたのだから眠くもなるだろう。
頭を手で支えながら万斉は席から立ち上がり、名前を受け取った俺はそのまま上体を起こして座らせる。その隣へと腰掛ければ、肩に重みを感じた。身じろぎしながら俺に引っ付いてくる姿に嫌な気はしない。
長い時間同じ体制だったからか軽く伸びをした万斉は、仕事を終えたとばかりに、お先、と小声で俺に告げる。
「アイツら起こしてから帰れよ」
「老体に鞭を打つとは非道だな」
「いつもより楽だっただろ」
「それを言われると、仕方がない。やるしかないか」
「頼むぞ、副店長さん」
「嫌味か」
例の如く飲みすぎたスタッフを他の黒服と共に起こしだす作業が始まる。
その声に名前が反応を示し、うっすらと瞼が開かれていった。
「……あ、れ?――晋助…さん……?」
「眠いだろ。まだ寝とけ」
「いや……でも……んー……、お仕事、終わりました……?」
「あぁ」
「お疲れ……様、で、す……。帰ります……?」
「まだ寝てていいぞ」
「あの、でも……」
まだ意識が覚醒していない事も関係して、思考がままなっていないようなのを良いことに、俺は肩にあった名前の頭を自分の腿上へと誘導した。
戸惑っているのか、それとも体温の仄かな暖かさが心地良いのか。また身じろぎしだす頭を撫でてやれば、そのまま睡魔に身を任せた寝息が聞こえてきた。
――万斉への咎めは無しにしておいてやろう。
落ち着いた寝顔を見ながら、そう思った。
(2020/07/25)