復讐劇の開始


 ベルモット曰く、今日この場にジンを殺ったーージンの厚い胸に弾丸を打ち付けたーー"シルバーブレット"が現れるらしい。
 港にある寂れた倉庫なんて、いかにも"それ"な感じがした。

 いつ何処から現れるか分からな人物に心臓が妙に高鳴った。懐に仕舞っている拳銃を確かめる様に触れると、しっかりと入っている。
 夜の海を照らす様にライトが点々と連なっているのを薄暗い倉庫の中から見据えて一つ息をはいた。
 瞳を閉じ、開けた時ーー倉庫の入り口から一人の男が此方に向かって歩いてきた。

「待たせたな」

 とてもずっしりと低い声で、男から漂う雰囲気に全身に緊張が走った。息を呑み、鋭く睨んだ。

「貴方がジンを殺った"シルバーブレット"?」
「ああ…いかにも」

 随分と落ち着き払った口調で、それが逆に癪に障った。私からあの人を奪ったにも関わらず平然と現れて、惜しくて仕方がなかった。ぎりぎりと奥歯を噛み締めていた。

「FBI捜査員…赤井秀一…私は貴方を許さない…!」

 私はこの男の事を知っていたーー。だってジンが彼に関心を抱いていたのだから。でもそれが更に私を苛立たせる原因でもあった。ジンに目をつけられるなんて余程の人物なのだから。
 懐から取り出した銃口をジンを殺った人物へと突き刺した。

「下ろすんだ…君にそれは出来ない」
「出来る…出来るわ!…初めて大切なものを失った時、私はこの引き金を引いたもの!」

 両手の平を私に向けて止める様に促す彼に、私は更に声を荒げた。すると彼は熱い瞳を逸らすことなく、私の微動する瞳に注ぎ、一歩一歩と歩み寄って来た。
 銃を向ける私の手は何を恐れているのかとても震えていて、引き金なんか引くほどの力が入らずーーでも、銃口は向けたまま。

「どうして…どうして今さらなのよ…」

 トンと彼の左胸に銃口が触れた。私は堪えきれず溢れる涙を垂らしながら弱々しく口にした。そして彼は震える私の腕を掴んだ。でも、掴んだだけだったーーまるで震えて狙いのぶれる私に、ここだ、と示す様に。

「もっと早くに来てよ…そうしたら、私は…ジンなしに生きる事が出来た…!あの人と出会わずに済んでいたのに!」

 目の前の男は顔色一つ変えず、私の取り乱した台詞を訊いていた。

「もう遅いの。あの人を失った以上、私に残された道は貴方を殺す事しかない!」

 今にも消えてしまいそうな声量で、酷く悲しく微笑んだ。そして私は彼の支える力を借りながら、引き金に力を込めたーージン、貴方の仇は私がとるわ。直ぐに行くからーーまた、貴方のその鋭い瞳で私を見て、貴方の煙草の匂いを嗅がせて、貴方の大きな体で力いっぱい私を抱きしめてーー

 後、僅かな力を加えれば弾丸が発射される時だった。私は突然、背に走った熱い、焼ける様な痛みに襲われ目の前の男に向かって倒れた。体が動かなかった。次第に視界も揺らいできてーー聴覚もまともに音が入ってこない、初めて襲われた感覚に死ぬんだ、それだけを思った。
 私は薄れゆく思考の中でジンの面影を脳裏に浮かべながら意識を飛ばした。

「…すまない」

 赤井秀一は腕に抱えた、先ほどまで自分に銃口を向けていた女に一言呟いた。そして彼女の顔を覗き、しっかり息をしていることを確認したーー少々手荒な策かもしれないが、こうするしか無かったのだ。

「いるのだろう」

 赤井秀一は背後に感じた気配に声を上げた。すると倉庫に「ええ」と女の声が返事する。そして赤井秀一は頭を僅かに傾けた。

「どうやら上手くいったみたいね」

 現れた女ーーベルモットは怪しく口元を緩めながら赤井秀一とユメ子のもとに近づいた。そして男の腕の中で眠るユメ子の髪に触れる寸前で手を止め、ふっと笑いを零し、首を振って腕を組んだ。

「お前はどういうつもりなんだ」
「さあ…A secret makes a woman woman…」

 赤井秀一が顎をひいて伺うとベルモットはワインレッド色の紅を引いた唇に指を当て微笑んだ。
 彼はベルモットの言葉に眉根を寄せて彼女に目配せた。

「約束通りその子…頼んだわよ」
「ああ…それはしっかり守ろう」

 ベルモットは傲岸な顔つきで、情のこもった強い口調で言い放った。赤井秀一は一度、腕の中で眠るユメ子に視線を落としてからライトグリーンの瞳を見つめた。
 そしてベルモットは、ふっと怪しげな笑みを浮かべ、ユメ子に目配せする事無く二人に背を向け歩き出した。

「その子は組織に何の関係も無い子よ…ジンに捉われていたーーただの可哀想な子…」

 寂れた倉庫に響いたベルモットの声は酷く哀しみを帯びていた。 

 


 ベルモットが立ち去った後、赤井秀一とユメ子のもとに幾つかの足音が二人に向かって駆けよって来た。そしてその中の一人ーー女FBI捜査員、ジョディはベルモットが消えていった方に目を向け悔し気に眉根を寄せた。

「ちょっとシュウ…本当にこのまま見逃すの!?」
「ああ…それが奴との"交換条件"だからな…それに今は、この子の保護が優先だ。」
「そうだけど…でもこの子は一体…?」

 ジョディは歯がゆい気持ちを抑え、赤井秀一の腕の中で眠る女に目を向けた。まさか、こんな子が組織の大物の懐にいたなんて信じられない、と云う様に赤井秀一に目配せた。
 すると赤井秀一は一度目を閉じ、開けた時、双眸をジョディに向けた。

「…三年前の"あの事件"の生き残りかもしれない」
「まさか…!」

三年前の"あの事件"ーー。
それはFBI、いや、米国において、とても忘れることの出来ない悲惨な事件だった。