興味深い少年
「本当に…行くのか?」
鏡前で身なりを整えていると、鏡越しで彼と目が合った。零は情けない程に苦い表情を浮かべ微笑していた。極力、外に出る事を避けていた私が自ら出ようとしているのだから、そんな最終確認なんてしないでちょうだい、という様に鏡越しに彼の瞳をキッと睨むと、零は、やれやれ、という様に顔を背けた。
「どう…?可愛い?」
より一層、少女らしく見える様に両耳元で結んだ髪の毛をゆらゆらと揺らして零に目配せると彼は、そうだな、と生返事した。
そっけない返事に頬を膨らませると、彼は吹き出す様に笑って「ごめんごめん」と膨らむ頬を突いてきた。見た目は子供だが、中身は列記とした成人女性である私は零のこういう子供扱いが嫌だった。私は、ふーっと息をはき、ふいっと顔を背け、玄関に向かう。
そして私と零は家を出た。駐車場までの少しの道を歩いている時、私はふと隣を歩く零を見上げた。本当に首を大きく傾けないと彼の顔を見る事は出来ない、それほど今の私は小さいらしい。
ぼーっと零を見上げていると彼は私の視線に気づいたらしく不思議そうに首を傾げ私を見つめた。
咄嗟に私は、ん、と手をあげた。
「こんな可愛い子が手も繋がないで歩いていたら危ないでしょう」
傲慢な口ぶりでいった。あまりこういう言い方は好きじゃないけれど、子供になると何故だか言えた。零は一瞬驚いた様子で目を見開いたが、直ぐに、やれやれ、と困ったように口元を緩めた。
「はいはい、そうですね”お姫さま”」
零の大きな手が私の小さな手を包み込んだ。私は満足気に彼を見上げた。
「それに、これくらいだったら、世間の目も痛くないはずよ」
顔をそっぽに向けた。
「親子に見えるじゃない?」
更に続けていうと、何だか可笑しく思えて来て、にやりと口元が緩んだ。すると零は、そんな私とは違ってすこぶる真剣な表情で私を見つめていた。
私は、何だか嫌な予感がして彼の手から自分の手を引こうとした。その時だったーー突然、両脇を掴まれ、そのまま宙に体が浮き上がり、気づいた時には零に抱き上げられていた。
「ちょっと零!下ろして!」
落ちない様に零の首元に腕を回したまま首を傾げた。一体どういうつもりなのだろうか、体が幼女であってもこの状態は恥ずかしかった。しかし零は、喉で笑っている。
「嫌だ…といったら?」
思わず、言葉を失った。この男は何を言っているのだろうかーー。
「これでも親子に見えて間違いない…世間の目は痛くないだろ?」
やられたーーそう思った。まさか自分の論理が使われるとは思わなかった。私は返す言葉が見つからず、カーッと顔が熱くなるのを見られまいと零の首元に顔を埋めた。
「そうですねっ!」
それしか言えなかった。本当にこの男は一枚上手だ。恐らく今の私と零の姿は、他者から見ると、帰りたくないと駄々をこねた子供が親に無理やり連れていかれている、そんな感じに見えるだろう。子供役である私は随分と不機嫌な表情を浮かべている。
「元の姿に戻ったら…覚えてなさいよ」
いつになるか分からないが宣告をしておいた。零は「はいはい」と、まるで何も聞いてない様子で返事し、私の背をトントンと叩いた。
零は、幼児化した私をとことん子供扱いする様だーー。