お出かけ日和に走らせて

「「いただきます」」

 パンとサラダ、フルーツといったバランスの良い品々の並ぶテーブルを挟んで向かい合いプリンセスと沖矢昴は朝食を摂る。

 プリンセスが工藤宅に帰って来てから既に1週間経過していた。プリンセスも沖矢も、二人で暮らす生活にはだいぶ慣れてきた様だ。普通だったら、沈黙の時間が気になるところだが、二人の間にはそれに対する不快感も一切なかった。
 そしてそれはプリンセス曰く、彼の雰囲気がそう感じさせるらしいーー。同居しているにも関わらず、彼は一切、プリンセスのパーソナルスペースを害そうとはしない。上手い距離の作り方を知っている様で、居心地が良いと感じていた。
 沖矢もまた、彼女の雰囲気がそう感じさせるらしいーー。例えば、もう一週間も彼女は家から出ていない。食事を終えると自室に消え、かと思ったら知らない内にリビングでくつろいでいたり、沖矢が書斎で本を読んでいると、ぺたぺたと裸足の足音を鳴らし近寄って来る、だからって言葉を発する事も無く、まるで猫の様に自由気ままな彼女の行動が興味深いと感じていた。

「プリンセスさん、今日は何処かへ出かけませんか?」

 そして沖矢はあまりにも外出をしない彼女の体を心配し、外へ出る事を遠回しに勧めた。すると彼女は、初めは驚いた様子で目を丸めたが、すぐに微笑んだ。

「いいですよ。何処に行きましょう?」

 プリンセスはトーストを持ち、熱で染みてゆくバターを何気無く見つめながら沖矢に問う。彼は工藤宅の広い敷地を頭に浮かべ、どこに何が足りていないか頭を巡らせた。

「日用雑貨と食材が足りてないと思うのでそれらを買いに行きましょうか」

 プリンセスは、トーストを口に頬張るせいで言葉を発っせず、代わりに何度か頷いた。
 
 そしてデザートであるフルーツヨーグルトを流し込む。同時に沖矢もティッシュで口を拭った。全てが空になった食器。
 
 二人は手を合わせ、朝食の終わりを告げた。プリンセスが食器をまとめ流し台へ運ぼうとする。

「僕が、食器の片付けをしておきますね」

 沖矢が颯爽と食器を手に持ち流し台へと向かっていった。さすがのプリンセスも一応、彼が客人であるから、と彼より先にスポンジを手に取り構えた。するとそのスポンジまでも、ひょいっと取られてしまった。

「僕がやっておきます。プリンセスさんは僕とのデートの為に先に支度をして下さい」

 プリンセスは、ほのかに口元を緩ませ、覗き込む様に見つめる彼の行動に思わず言葉が出なかった。そんな彼女の反応に満足した様子で彼は、微かに鼻歌交じりで食器を洗い始めた。





 
 身支度を済ませ、玄関に向かうとそこにはもう既に支度を終えた沖矢が待っていた。

「ごめんなさい、待たせちゃいましたか…?」

 急いそとパンプスのストラップを留め、彼に向かい合うと、彼は「そんな事ないです」と微笑んだ。さらに沖矢は「それに…」と言葉を紡いだ。

「レディを待つのは男として当たり前の事ですから」

 細長い指先が、プリンセスの髪に触れた。プリンセスは言葉が出なかった。そしてストレートヘアだった髪をカールさせた僅かな変化に気づいた彼に思わず感服した。



 スバル360。コンパクトなサイズだが色合いは鮮やかな赤、そんなヴィンテージな車に乗り、デパートに向かう。車内ではどちらも言葉を発さず、それでもプリンセスにはそれが居心地良く、また沖矢も同じ事を思っていた。流れて行く景色を眺めながらプリンセスは、何気なく彼の事が気になった。そして口にした。

「沖矢さん、ご兄弟は」
「…ええ、妹と弟が…」

 意外ーープリンセスはそう思った。彼が妹や弟と一緒にいるところなんて想像もつかない、顔は似ているのだろうか、性格はどんな感じだろう、頭の中に次々と気になる事が浮かんだが彼女が口にしたのは、

「確かにお兄さんって感じ」

 まるで興味が無い様なそっけない返事だった。考えていた事と口にした事の量があまりにも違い過ぎて彼女は思わず口元を歪めた。そして誤魔化す様に景色を眺める。
 しばらくして、プリンセスは造りものの様な彼の綺麗な横顔を見つめた。

「ご兄弟に劣等感を抱いた事は、ないですか?」

 同時に赤信号で車が停まった。沖矢はプリンセスの方に目を向けた。彼女は正面を向いたまま、遠くを見つめていた。まるで、こどもの様な表情だと思った。
 すると、彼女は顔を綻ばせ、沖矢を見た。

「なんちゃって…青」

 どれほどの時間、彼女を凝視していたのか、沖矢は思わず見入ってしまった彼女の何とも言えない表情が脳裏に焼き付いたまま、車を走らせた。