晩餐会で打ち明けて

 テーブルに配膳された、側面はこんがりと中身は赤みの残るレア肉、添えられる緑鮮やかな野菜たち。均等に切り分けられたチーズ、そしてそれらの美味しさをさらに際立てる赤ワイン。全ての配膳が整い、いつもの様に向かい合い座る。
 プリンセスはいつもと違って改まった食事風景に少し照れくさくて、にやけた。沖矢も同じことを思ったのか微かに笑む。

「「乾杯」」

 触れ合う2つのグラス。交わる2人の目線。それは、晒されることなくお互いの視線も飲み込む様に見つめられ喉に流し込まれる少し辛さのある赤い液体。そして二人はたわいの無い話をしながら、配膳されたものを食べて行く、同時に次々と赤い液体を流し込んだ。

「あれ、もう無い」

プリンセスはおどけた口調で呟いた。お互いが互いのグラスに注ぐという流れだったが、プリンセスが沖矢のグラスに注ごうとしたところ、一滴赤い雫が落ちるだけだった。

「では、第二ステージといきますかーー?」

沖矢は穏やかな口調で囁いた。それは、ふわふわとするプリンセスの思考に聞き心地良く響いた。

「丁度、食べ終わった事ですし」

テーブルには、味気なくなった皿が残されているだけだった。プリンセスは少々揺らぐ視界で、目の前の男を見つめ柔らかく笑み掛け、何度か頷いた。

プリンセスは少しぐらっと揺らぎながら立ち上がり、食器を重ね合わせ流しへそれらを運ぼうとする。すると、沖矢が彼女の手から皿を取り上げた。プリンセスは怪訝そうな顔つきで彼を見上げた。

「プリンセスさん、だいぶ顔が赤いです。これは僕が運びます。プリンセスさんは座っててください。」

沖矢は、とても優しく諭す様に囁いた。すると彼女は眉尻を下げ視線を落とした。微かに赤く染まる頬が、プリンセスの表情をより一層色っぽくさせた。

「だめよ…貴方は仮にも客人なんだから…」

プリンセスは申し訳なさそうな表情で、潤いを増した瞳を彼に向けた。沖矢は、ほんの一瞬心臓がドキッとした。子供の様な笑みを浮かべる彼女が、今は列記とした大人の女性に見えたからだ。
 彼は咄嗟に視線を彼女から逸らした。しかしプリンセスは全く引かない様子で彼をジッと見据えている。
 そして沖矢は、参った、という様に吐息を零し、プリンセスを見つめた。

「待っていてくださいーー。」

 沖矢はプリンセスの耳元に唇を寄せ囁いた。低音の温かい包み込むような声色にプリンセスは心臓がキュッとなるのを感じた。沖矢が、もう一度、彼女に目を向けた時、プリンセスは瞳を瞬かせ、悔し気に眉をひそめて、うつむきながら、静かにリビングルームのソファの方へと向かっていった。

「少し、やり過ぎましたか…」

 ソファに膝を抱えて座り、顔をそっぽに向ける彼女の姿に沖矢は静かに呟いた。



そしてステージが変わり、リビングルームで二人掛けのソファにプリンセスと沖矢は腰かけ、その前のローテーブルには、彼女お薦めのチョコレートと彼お薦めのバーボンのボトルがセットされた。

「「乾杯」」

初めの乾杯の時に交わった瞳とは違ってプリンセスの潤んだ瞳が沖矢の全く変化のない瞳と交わる。だいぶ飲んでいるはずなのだが…とプリンセスは、何の変化も見せない彼に感服した。

「沖矢さんって、お酒強いですね」

プリンセスは、彼が手に持つ氷とバーボンのみのグラスを見つめながら呟いた。

「そうですね、お酒は強い方かもしれないです」

そういって彼は顔を上げ、バーボンを流し込んだ。プリンセスはその姿をうっとり見つめるーータートルネックのせいで喉仏の動きがよく見えないのが惜しいと少し残念そうな顔をした。

 そしてプリンセスも手に持つ、彼とは違って少し色の薄まったグラスを傾け喉に流し込んだ。どんっと重々しい音を響かせテーブルに置かれるグラス。
 沖矢は、プリンセスがそろそろ限界かと思い注ぐボトルの傾きを微量にしようとした。しかしーーそれを阻止する様に、力を込めて重ねられる温かい小さな手。並々とグラスに注がれていく。
 すると、プリンセスが、大きく吐息をついたーー。

「私はね、いつも弟に対して劣等感を抱いてるの」

 静かに囁かれた彼女の言葉。沖矢は思わずぴくりと眉を上げた。そしてプリンセスを見つめた。彼女は、何ともいえないほど思いつめた様な苦し気な表情を浮かべていた。