目覚めた時に

 微かに光が差し込み、重い瞼を持ち上げる。少し頭痛のする頭を抑えながら起き上がると、目に映るのは見慣れた景色。プリンセスは、いつ自室まで来たのか、記憶を辿るがあまりにも頼りなく、吐息を零した。

「よく眠れましたかーー?」
「はい…とても…て、え!?」

 ごく自然に訊かれて、答えたもののプリンセスはギョッと目を見開いて、隣に目を向けた。背筋がゾワゾワとするのを感じた。

「おはようございます」

 沖矢はニコッとお天気お姉さんの様な笑みを浮かべた。枕元に肘をついて頭を預けながらプリンセスを見据えてーー。

「なぜ、私のベッドにいるのーー?」

 プリンセスは昨夜の記憶を探る様に顔をしかめて訊いた。すると彼は、ふっと口元を緩めた。

「貴女が…あまりにも気持ちいい…やめないでっていうものだからーー」

 沖矢は淡々と口にする。少し眉尻を下げ、参ったよと言う様な表情を浮かべながら。プリンセスは徐々に体中の体温が上がっていくのを感じた。そして心中で酷く自分を責めたてたーー酔った勢い何て馬鹿だ。まるでハロウィーンの怪しい夜に熱いワンナイトを終えた後の気分ーー経験したことないけど…と顔を両手で隠した。
 すると彼は、深い吐息を零した。

「日が昇り始めた頃まで、貴女の髪をずっと撫でていたんですよ?」
「えーー?」

 語尾を傾げていう彼の言葉にプリンセスは声にならない微かな吐息で訊き返した。"髪を撫でていた"ーー思わず、彼女はそれだけと呆気にとられた。そして同時に、やられた、と心にカラッとした空気が流れるのを感じた。彼の話術に見事に脅されたのだ。

「どうかしましたかーー?」
「…いえ…朝から自分を侮辱して…非常に清々しいです」

 けろっと、あざとくいう彼に、プリンセスは引き攣った笑みを浮かべ、そそくさとベッドから出ようとした時、彼女の腕が掴まれた。そして一瞬であったーー気づいた時には、仰向けに寝転んでおり、そして真上から沖矢がプリンセスを見つめていた。
 プリンセスは突然の流れに動揺する暇も無く、ジッと目の前に見える彼の眼鏡の先にある瞳を見つめた。

「昨夜は貴女の満足いくまでお相手させて頂きました…次は貴女が私の相手をする番です」

 沖矢は、あどけな少女の様な顔をする彼女の頬を撫でながらいった。そしてプリンセスが、ばれない様にこっそり唾を飲み、喉を潤した時ーー

「貴女のせいで、あまり眠れていない…少し、寝ます…」

 沖矢は、消え入りそうな声で囁き、プリンセスを胸元に抱き寄せ、瞳を閉ざした。そして彼が口にした通り、本当に彼は睡眠が足りていなかった様で、すぐに静かな寝息が聞こえてきた。
 princess#は、起こさない様に慎重に、すぐそこにある沖矢の顔を覗いた。

「まるで、造りものねーー。」

 少し皮肉を込めて静かに呟いた。しばらく、無防備な彼の寝顔を観察することにした。プリンセスは、ふと考えたーーついこないだ出会ったばかりであるのにこんなにも親身になるとは想像もしていなかった。今までに出会ったことのない不思議な雰囲気を纏った沖矢昴という謎の男、彼について知る情報は、攻略本三ページ程度だろう。

「貴方は一体…何者なの…」

 プリンセスは小さな声で囁いた。そしてもっと彼の事を知りたいと思った。そんな探求心が芽生えてしまったせいか、プリンセスは彼のタートルネックの下が気になりだした、眼鏡をかけたままであることを差し置いてーー。

 一つ息を飲み、ゆっくりと腕を上げ、彼の喉元に手を掛けようとした時だった。ガシッとプリンセスの腕が捉えられた。そして双眸を開いたーー鋭い沖矢のグリーンの瞳がプリンセスの揺れる瞳も捉えた。

「下手な詮索は良くないーー。」

 プリンセスの身が震えるほど、冷淡な口調であった。そして沖矢はニコッと微笑んだ。

「ゆっくりと時間をかけてお互いの事を知っていきましょうーー。」

 沖矢は、優しく諭す様にいった。そして、漠然とするプリンセスをおいてベッドから起き上がり、脚を床に下ろし、扉の方へと歩みを進めた。

「朝食にしましょうか」

 ドアノブに手を掛け、振り返った沖矢は穏やかな表情を浮かべていた。そして静かに退室していき、扉が閉まった。

 一人残されたプリンセスは、心臓がバクバクと煩く音を鳴らしていることに気がつき、それが収まるまで動けそうにない、と思った。
 そして、先ほどまで彼がいた証拠を残す生暖かいシーツに手を添えた。