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 気づいたらあの人――赤井秀一を見つめている。
例えば、デスクからチラッとコーヒーを飲んでいる姿を覗き見たり、喫煙室で煙草をふかしている姿を通りすがりで見たり――プライベートでは見る事の出来ないお仕事モードの彼に目を奪われているのだ。
 でも、私はとても小心者で、あの人が少しでも此方の視線に気づいたと思ったら咄嗟に逸らしてしまう。彼と恋人関係になってから私は、あの人を意識しすぎて避けがちだ。

 そして今、パソコンに目を向け作業を行っている私の元に彼が近づいてきている。私は気づいていないふりをして淡々とキーボードを、誤字だらけの文字を打っていた。心臓がドキドキと跳ね上がった時、私のデスクに彼の男らしいごつごつとそれでいて長い指先がトントンと音を鳴らした。
 その瞬間、咄嗟に私は立ち上がり彼に目も向けずその場から立ち去った。微かに目の端に映った彼は、何か伝える事があったのか口を開けていた。

 そして私は、特に逃げ先も考えていなかった為、通路へと出た。何気なく後ろを振り返ると、彼が不機嫌な顔つき、普段とあまり変わらないのだが、少し怒った様な表情で私のもとへ歩みを進めていた。

 私は咄嗟に逃げなきゃ、と思い彼から遠ざかる様に足を進めた。どうしよう、どうしよう、このままこの真っ直ぐ永遠に続く廊下を歩いてもいずれ追いつかれてしまう。後ろを振り向けば彼が従容と私の後を追って来る。

 私は急かされる気持ちで横目にちらっと見えた無人のエレベーターに飛び乗った。これで大丈夫だ、と息をついた時、グッと腕を引かれた。心臓が酷く跳ね上がった。振り返ると、赤井秀一がそこにはいた。グリーンの鋭い瞳が私を見下ろしている。
 私は言葉が出なかった。もしかしたら、彼に見惚れていたのかもしれない。こんなにも鋭い瞳だけど、彼がとても優しい事を知っている――そんな呑気な事を考えていたら突然、彼が飛びつくように私の唇に噛みついた。
 彼の肩よりも背の低い私は、きっと他者から見れば襲われている様に見えるだろう。私はつま先立ちをして必死に彼の口づけに応えた。彼の口づけは腰が抜けてしまいそうなぐらい顔に似合わず甘い。緊張でギュッと結び付けた私の唇をまんまと緩めてしまって、濡れた舌で私の控えめな舌を包み込む。プレイボーイな彼の舌が私のヴァージンチックな舌を弄んでしまう。

 そして耳が熱くなる様なリップ音を一つ鳴らし、彼は私の耳元に囁いた。

「お前、俺を避けているだろ」

 彼の低い声色が私の子宮をキュッとさせた。知らずうちに壁に追いやられていて逃げ場が無い。私は堪らなくなってキュッと濡れた唇を噛み締めた。
 すると彼は私の脚の間に膝を曲げた。下半身が強張った。

「さっきのはあからさま過ぎじゃないか?さすがの俺でも、傷つくぞ」

 彼は微かに笑っている。耳がくすぐったい。下半身も上半身も彼によって翻弄されている。
 すると彼は私の唇に触れた。そして顎に添え、クイッと上に向けさせられて、もう一度、彼の唇が私の唇に触れる――そう思った時だった。

 エレベーターが停まった。瞬時に彼は私から体を離し、私は不自然な格好のままエレベーターに乗り込む人たちを出迎えた。目の前に立つ女性の背を突き破ってしまいそうなくらいに心臓がドキドキしていた。チラッと隣にいる彼に目を向けた。彼は、ほのかに口元を緩め私を見下ろした。

 そしてまたエレベーターが停まった。ぞろぞろと人が降りていく。私たち以外誰もいなくなってしまった。彼は、エレベーターのボタンを押した。
 私は、意を決して口を開いた。

「恥ずかしいんです…照れちゃうんです…秀一さんの事、意識すると胸がキュッとなって…我慢できないんです」

 伏目がちに呟くと、彼は優しく私の身体を包み込んだ。

「どれだけ俺を惚れさせれば気が済むんだ?」

 彼は悩まし気に呟いた。そして私の瞳を見つめた。瞳を閉じた時、彼の唇が私の唇に触れた。
 そして先ほど彼が押したボタンの階数は、最上階だった。彼は、まだこの閉塞された空間で楽しむつもりの様だ。