caption3

「実に賑やかだと思わないかい?ユメ子」

 彼は笑いながらいった。蒼白な長い指先でネクタイを緩めながら。恐らく私はまだ彼の様に狂っていない。だから、少し間を置いて口を開いた。

「ええ、そうですね…違う意味で。」

 彼は、フェスティバルとかテーマパークにいった時にいう様な感じで"賑やか"と口にしたが、銃声音が絶え間無く鳴り響いてる事を彼は"賑やか"と称した。こんな密室の空間にいて、いつ襲われるかもわからないのに、彼は従容と鼻歌交じりに時計を見て、時間がズレているのか、なんて呑気な事を言ってる。
 恐らく彼は自分の部下達を信頼しているから、こうして優雅な時を過ごしているのだろう。
 私も彼の様に、優雅にこの時間をやり過ごしたい。気を紛らわそうと脳内を駆け巡らせた――。
 
 キャスパー、私、彼の優秀な部下数人と、近頃現れた武器運送会社の本社に訪れた。取引という名の脅迫を申し出に。
 アジアを中心に拡大しているらしく、アジア部門の代表であるキャスパーにとってその会社は目障りで仕方が無い。平和を求める今、武器の売れ行きは右肩下がり。互いに手を取り合おう、と彼は薄い唇に弧を描く不気味な笑みを浮かべていうが、実際はHCLI社が丸呑みしてしまという事。
 しかし、順調に事が進んでいくわけも無く、此方の要望に憤慨した相手方はキャスパーに銃を向けた。引き金が引かれる前に彼の優秀な部下、垂れ目でいつでも口元に弧を描いているチェキータが見事に阻止し、そこからはもう銃撃戦の始まりだった。

 彼ら、キャスパーとチェキータ、その他優秀な部下たちは余裕綽々の心持ちで、私も彼らと同じ様な素振りをしていたが密かに困惑していた。彼らと行動を共にして日は長いが、軍事経験の無い、平和な国日本で育った私が、この様なシチュエーションに悠然といれるはずもない。

 そしてチェキータに見送られながら私とキャスパーは、エレベーターに乗った。恐らく彼女とその他の部下は各フロアで追撃しているのだろう。
 彼らを信じていれば大丈夫、大丈夫…そう心中で繰り返していたら――

「ぁっ…!」

 突然、肉が豊かに乗った臀部を揉まれた。咄嗟に出てしまった声に口を押え「やめてください」と主犯者であるキャスパーを睨んだ。彼は少し驚いた様子で青い瞳を見開いたが、直ぐに口元を緩めた。

「君はどんな時も良い反応をする」

 得意げな表情をして彼はいう。そして彼は私の正面にやって来た。ジッと彼の青い瞳を見つめた。見入ってしまったのかも知れない。私は、私にはない彼の持つ髪の色やその青い瞳に心奪われてしまう。すると彼は私の腰にそっと手を添え、身を寄せた。積極的な彼のボディタッチに私は膝から崩れてしまいそうになる。

「怖いのか?」

 キャスパーは私の黒い瞳を見つめていった。ふと、彼が私の黒い瞳に吸い込まれているのではないかと思った。
 
「ええ…とても…」

 彼が私の腰にそっと手を添えた様に私も彼の腕を僅かに掴んだ。私の手はとても震えていた。

「そうか…」

 キャスパーは一度瞳を閉ざした。彼の長くて量の多い白い睫毛が下を向く。そしてもう一度、青い瞳が私を捉える。ゾッとするくらい彼は美しい。
 私は何か口ずさもうとしたのか僅かに唇に隙間が出来た。でも、何も言葉が出ない。すると彼は、私の顎を掴み、指先の腹で私の唇を撫でた。

「キャス…パー…」

 私は彼の指先が私の唇を押す感覚を愉しむ様に唇を動かした。すると彼は目を細めた。

「ユメ子、君は本当に僕を狂わせるね」

 私と出会う前から狂っているくせに、そう思った。私の首筋から頬にかけて彼の手がそっと添えられた。
 彼の顔が近づいてくる。唇が触れる――そう思った時、エレベーターが停まった。彼の動きも止まった。もう僅かな距離の所で、動かしてしまったら触れてしまいそうな距離。
 そして扉が開かれた時、私の方からは見えた。銃を構える男。ハッと目を見開いた時、キャスパーは口元に弧を描き、私の唇に唇を重ねた。同時に、銃を構えていた男が鮮やかな血をふきだして倒れた。その男が倒れた背後に見えたのは、ナイフを手にしたチェキータだった。

「んんっ…」

 私がキャスパーには見えていない情景を目にしている間も彼は私の口内であそんでいた。チェキータが見ているからと、彼の胸を押すがビクともしない。彼は私の背に手を回し、腰を引き付けた。下腹部が厭らしく、ぞくぞくとする。
 必死に舌を逃げさせても彼は捉えてしまう。まんまと絡められた舌は、もう彼の思い通りだ。

「んっ…みてる…からぁっ…」

 離れたと思ったらまたすぐに彼は噛みつくように唇を重ねた。柔らかくて甘くて、止めて欲しくなくなってしまう口づけに私は腰が抜けそうになった。でも、彼がそんな私を支えてくれているから崩れる事は無い。
 そして、終わりを示す様にゆっくりと軽く触れるだけの口づけを交わした。瞳を開けた時、酷く視界が潤んでいた。それでも彼が笑っているのは分かった。
 彼は私の腰に手を添えたまま、振り返ってチェキータを見た。

「もう、良いの?私はまだ貴方たちの濃厚なキスを見ていられるけど」

 チェキータが、いつもの様に軽い口調でいった。私は彼女に目を向けられなかった。きっと両頬に真っ赤な林檎が熟してるに違いないから。しかし、彼、キャスパーは、いつもの様に笑っていた。

「チェキータさん、悪趣味ですねェ」

 そっと私の腰を引き歩きだすキャスパー。私は、大人しく彼にエスコートされるがままに身を寄せた。