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「Nakamura Goki、レコード会社に18億で曲の権利を販売したとの報道は、本当ですか!」
「音楽家たちからは非難の声も上がっていますが…」
「21世紀最高の作曲家との評価についての感想を…」
あちこちから響く声。
聞き馴染みのある英語が今は胸に刺さるようで、私は何も聞こえないふりをして俯き、ポケットの中に入れたiPodの音量ボタンを強く押した。
「今はインタビューは控えていると声明を出したでしょう!やめてください!ただちに撮影は…」
マネージャーがそういいながら巨体をカメラのレンズと私の間に滑り込ませ、なんとか明日のニューヨーク・タイムズに私の記事をのせまいと奮闘している。
カメラのフラッシュがまだ視界に残像を焼き付ける中、私は車のドアを乱暴に閉めた。
ドア一枚隔てただけで、喧騒が嘘のように遠ざかる。
車内は静かだった。
「クロエ、あなた……」
マネージャーの男が、何か言いたげにこちらを見ている。
年季の入ったスーツを着た彼は、眉間に深い皺を寄せていた。
「どうせ『軽率だった』とか言うんでしょう?」
私はシートにもたれ、冷めた声で言う。
窓の外では、まだ数人の記者がこちらに向かって走っていた。
カメラを構え、必死で私を捕らえようとしている。
「……少し、静かにできる場所へ行こう」
マネージャーは深いため息をつきながら、運転手に指示を出した。
車はスムーズに発進し、ニューヨークの夜の喧騒を抜けていく。
***
車が停まったのは、マンハッタンの外れにある高級ホテルだった。
記者たちの目を逃れるため、通常の入り口ではなく地下駐車場を抜け、スタッフ用のエレベーターで最上階へ向かう。
スイートルームの扉が閉まると同時に、私は深く息を吐いた。
音がない。
カメラのシャッターも、好奇の視線も、何もない。
私はソファに倒れ込むと、テーブルに置かれたワインボトルを手に取った。
グラスに注ぐのも面倒で、そのまま口をつける。
「クロエ、君はこれからどうするつもりだ?」
マネージャーが目の前に腰を下ろし、私を見つめる。
私のキャリアを最も近くで見てきた男。
そして、おそらく世界で一番、私の才能を金に変えることに長けた男。
「どうもしないわ。ただ……少し休むだけ」
「日本に行くつもりか?」
私はボトルを傾けながら、無言で頷いた。
「君がいなくなれば、メディアはさらに騒ぐぞ」
「知ったことじゃない」
ワインの苦味が喉を滑る。
たとえ何を言われようと、私は一度、この喧騒から離れなければならない。
音楽は私にとって、人生のすべてだった。
けれど、いつの間にか、それが私を蝕む呪いのようになっていた。
マネージャーはしばらく沈黙していたが、やがて静かに言った。
「……いいだろう。だが、君がどこへ行こうと、君の音楽は世界が追いかける」
私は苦笑し、ボトルをテーブルに置いた。
「なら、しばらく世界に追いかけさせてみるわ」