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音楽を情熱的に愛していた。
だが、才能のある人ではなかったと。

父を知る人たちはみなそう語る。
それに比べてお前は天才だと、まさに音楽の神に愛された存在だと、最後にそう付け足して。
並べられたおべっかに母はいつでも満足そうにしていた。

「お前は天才でなければならないのよ」

母の言葉はまるで呪いだ。
天才であれ、才能を翳し続けろとと母は言う。
凡人であった父よりも素晴らしい人間になれと。
母の願いの根幹にあるのは父への恨みだ。自分と娘を捨て、一人若い女の元に逃げた父への恨み。人から私を誉めそやされるごとに母は父に対して勝ち誇った思いでいるのだろう。
そこに私への愛はない。
私が父以上の才能を持つ人間だと知ったその時から、母にとって私は己の欲を満たすための道具でしかなかったのだ。


「でもそんな母親から離れられないのはクロエでしょう」

煙草の匂いを揺蕩わせ、そうして私の顔を覗き込んだ彼女。
おかしげに紡がれたその言葉に対してはいともいいえとも言えず、私は顔をそっぽに向けた。そんな私の様子を彼女はおかしそうに笑い、それから私の髪を掻きあげた。

「ごめんなさい。別にバカにしてるわけじゃないのよ。ただ偉いなって思っただけ。私なら耐えられないもの」
「……別に偉くもないし、耐えてるつもりもない。私はただ惰性でここまで一緒にいるだけ。あんたと同じよ」

ブロンド髪の美しい女。
数年前にディスコで出会った彼女とは付き合っているわけでもなければ将来を誓い合った深い仲でもない。ずるずるとただ快楽と惰性を求めて続く関係。

「嘘ばっかり、ママのこと、愛しているんでしょう。あなた。それに私のことも」
「…愛してなんか、……」

愛してなんかいない、そういいきれたらどれほどいいか。
だが言えない。
彼女の言葉は端から端まで的を捉えたそれだから。愛していない人と寝れるほど性に奔放になった覚えもなければ、母親を嫌いだと言い募るだけの度胸もない。私は臆病者だ。
何も言えず、無言で黙りこくる私を見て彼女はまた笑った。

「いじわる言ったわね。あなたが私を愛してくれてること、ちゃんとわかってるのよ。だけれど、ごめんなさいね。私はそれに答えてあげられない」
「…そうでしょうよ、あんたは既婚者だもの」

指に輝くシルバーリング。それを一瞥してため息を吐く。
とんでもない女。まるで蜂だ。

「私が愛してるのはあなたの才能。私があなたとこうしているのだって、あなたが私とベッドの上に入れば曲が湧いてくるっていうからなのよ」
「…わかってる、私のためよ」

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