漠々
「…うわ、寒っ」
思わず口からそんな言葉が溢れた。息を吐くたびに白い煙が空へと上がっていく。
…ああ、もう冬か。
仕事柄、一日中室内にいることが多いから季節の移り変わりを感じることも少ない私は改めて「もう12月なんだもんなあ」なんて灰がかった空を見上げたのだった。
同期のトップスター、さゆみちゃんが退団発表をしてから早数ヶ月。時が経つのは早いもので、東京公演はつい数日前に千秋楽を迎えた。お稽古の関係で東京へ行くことはできなかったけど、お手伝いに行った同期たちが写真をLINEにあげてくれたおかげで向こうの様子を見ることはできた。
袴に身を包み、花束を持ったさゆみちゃんの姿を見て思わずうるっときた。小さな末っ子が立派になって、と気分はもうお兄さんである。
今日はさゆみちゃんのお疲れ様会も兼ねて、久々の同期会をすることになっている。
同期会、と言っても同期のほとんどは退団してしまったからほんの数人でのお食事会みたいなものなんだけれど。
そんなわけで、お稽古を終えると早々に私は着替えて出てきたのである。もっとあったかい格好してくればよかった、なんて独り言を言いながらも冷えた手をポケットに突っ込み、駅へと足を進める。
今日のお店を予約してくれたのはカチャだ。カチャは結構な食通だし、今日の居酒屋の料理もおいしいのかな、なんてぼけぼけ思っているうちに駅へと着き、そのまま電車へと乗り込む。中にいるのはほとんどが会社帰りのサラリーマンで、窓の外をぼんやりと眺めているうちに目的地へはすぐに着いた。
確か駐車場があって、赤い暖簾で、駅から徒歩五分。
カチャに教えてもらった店は表通りにあったからすぐに見つかった。赤い暖簾の奥から温かみのある光が漏れている。
ポケットに突っ込んだ手はすっかり冷え切っていて、こすり合わせながらお店の扉に手をかけた時。
「…あ、なまえ」
聴き心地の良いハスキーボイスが私の名前を呼んだ。
ん、と振り返ればそこには私と違って防寒具をしっかりと着込んだあやこが立っていた。
「うわっ、あやこ!久しぶり!」
互いに忙しくて会う暇もなかったもんだから、少しだけテンションを上げて声をかければあやこはいつものように控えめに笑った。
「…うん、久しぶり」
「あやこも今来たの?」
「うん。ちょっと遅れたかなって思ってたんだけど…。なまえもいてよかった」
安心したあ、と緩く微笑む姿からは想像もできないけれど。彼女はこれでも雪組のトップスターである。舞台じゃ男らしくてかっこいい男役だというのに、舞台から一歩おりれば可愛らしい「同期のあやちゃん」になるのが、未だに少しだけ不思議だったりする。
「あやこは今お休み中?」
「ああ、うん。だけど、今日は撮影で…。ちょっと長引いちゃって」
「あら、大変。トップさんはやっぱり多忙だね」
茶化して言えばやめてよ、と笑われる。