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組替えすることになり、これは左遷なのではと頭を悩ませていた日が今ではもう、随分と昔のことのように思える。
いざ公演が始まってみると、みちこさんと風ちゃんの退団公演だということでいつも以上に熱気あふれる舞台の雰囲気に飲み込まれ、怒涛のように日々は過ぎていった。気づいた時には大劇場公演は終わり、東京公演も千秋楽を迎えていた。
千秋楽ではみちこさんと別れる寂しさと星組を離れる不安からずっと涙腺は緩みっぱなしだった。そして階段降り後の何度目かのカーテンコールののち、みちこさんに「月組へ行っても星組で培った熱い星組魂を忘れずに頑張ってほしい」なんて言って頂いた上、ファンの皆さんからあたたかい拍手までもらってしまった私はついに耐えきることができず、滝のような涙を流しながら皆さんに「ごれがらも頑張りまずぅ〜!」と変な声で挨拶してしまい、組子やお客様問わず、皆に大層笑われたのだった。

そんな日々を過ごした後、月組へ来て約二ヶ月が経つ今日、私は月組生として初の大劇場公演を迎えていた。
今回の公演「グランドホテル」ではちゃぴちゃん演じるグルーシンスカヤのマネージャーであるウィットの役を与えられた。正直自分が左遷でこの組へやられたのだと思っていたから、思っていたよりもずっといい役を与えられて困惑していたりする。
プロデューサーには「悪いことにはならない」と言われたものの、それにしたって星組の時と比べたってずっと扱いが良いなんて…逆に怖いぐらいだ。
それでもチャンスといえばチャンス。この機会は逃してはならない。

初めての組での公演ということもあり、私はいつも以上に気合を入れて公演に臨んだ。そうしてがむしゃらに大劇場公演を過ごした結果といえばかねがね評判は良かった。ファンの方たちからの手紙も好意的な言葉ばかりが書かれてある。
『ショーでも前の方で踊っていらして、目をずっと奪われっぱなしでした』なんてことを言ってくれている手紙を見て、ふふ、と笑いをこぼせば隣に座るみきがこちらへと視線を向けた。

「どうしたの、なまえ」
「いや…お手紙で褒めてもらって。嬉しいなって」
「そっか、良かったね。今回の公演、なまえ、頑張ってたもんね。」

そう言って目元をふにゃりと和らげるみきは



組替えについての発表が組子の前でされたとき、一番に私へと声をかけてきてくださったのはさゆみさんだった。

「もう!なんでもっと早く言ってくれへんの!あんたはいっつもそうやって大事なこと隠すんやから!」

まくしたてるような凄まじい勢いのさゆみさんに少しだけ引きながら、「いや、別にそういう…隠すとかじゃなくて」と首を横に振ったがさゆみさんの口は止まらない。

「しかも…しかもみちこさんと同期にだけは話してたんだって?なんやそれ!私だって下級生の頃から面倒見てきてやったのにこの仕打ち!酷すぎる!このあんぽんたん、お馬鹿、親不孝者!」
「親不孝者って…」

別にさゆみさんに育てられた覚えはないです、なんて言葉はもちろん飲み込んで苦笑いを浮かべる。
面倒見の良いさゆみさんは下級生の頃からなぜだか私のことをよく気にかけてきてくれた。それはきっと、同期たちのなかでも一等に要領が悪く、いつも怒られてばかりだった私を憐れんでのことだったんだろうけど…。以来、私もさゆみさんを頼りにして、舞台のことから私生活のことまでいろいろと相談したりしていた。
だけど今回ばかりはさゆみさんには言えなかった。
なんてったって今回でみちこさんは退団。次のトップはさゆみさんともう決まっている。ただでさえトップになるという重圧と戦っているさゆみさんにこれ以上の負担をかけるわけにはいかなかった。みちこさんと話して以来、組替えに多少なりとも前向きになった私はさゆみさんに気取られないように必死にそのことを隠してきたのだ。

「すみません…さゆみさん」
「許さへん!この、このっ!」
「あいたた!」

肩の微妙な位置にあるツボへチョップを繰り出してくるさゆみさんに痛いと声を上げるが全く聞いてはもらえない。どうやら結構本気で拗ねているようだ。普段は大人でスマートなさゆみさんにしては珍しい姿に周囲は目を丸くしている。

「あー、もう。さゆみさん、駄目ですよって」
「リーダー、落ち着いてー」

そんな私たちのバカ騒ぎを見咎めてくれたのは隣で様子を見ていたしーらんさんとれんさんだった。二人に声を掛けられて、さゆみさんは不満げな顔はそのままだが一応手だけは止めてくれた。
せっかくセットした髪が…まあこのあとのショーのお稽古でまたぼさぼさになるだろうけど、なんて思いながらいそいそと髪を直していると「なまえ」と実に低い声で声を掛けられる。振り返ればそこには両脇にしーらんさんとれんさんを従えたさゆみさん。

「…私、許さへんからな。本当に結構ショックやったんやから」
「はい…すみません」
「どうせあんたのことやから、また変な気ぃ使ったんやろけど。…水臭いやん、大事なことはちゃんと言うてよ」
「…すみません、さゆみさん」

さゆみさんは私のことをよくわかってくださっている。どうにもネガティブな質の私が組替えに動揺して、左遷だなんだって悩んだこともきっともう、知っている。
…変な気を使ったつもりはないけど、さゆみさんからしたらきっとそうなんだろうな。そう思いながら私は居住まいを正してから言った。

「…でも、本当にまだ先の話なんです。それに自分の中ではもう、整理がついていることなので」
「…それならまあ、ええけど」

眉間に皺を寄せたまま深くうなずいたさゆみさんの顔を見て笑ってから私は軽く頭を下げて言った。

「でも、本当に…すみません。さゆみさんのお披露目公演、出るって言ってたのに」

つい数か月前。
さゆみさんのトップ就任の話が発表されたとき、まだ組替えすることも知らない私は無邪気にもさゆみさんへ「お披露目公演は絶対出ます!」なんて言っていたんだ。そのときさゆみさんは「お披露目公演は中劇だから、どっちに分けられるかわからんやろ」と笑っていて、私は自信満々に「いや、絶対出ます。這ってでも出ます」って言ったんだっけ。そうしたらさゆみさんはこう言ったんだ。
『わかった。じゃあお披露目公演、一緒に出ような。それで、千秋楽には美味しいもの食べてオールで祝いするで!』って。
さゆみさんからしたら冗談半分の言葉だったんだろうけど、私はそれをよく覚えていた。

「…あんた」

頭を下げた上から震えた声が聞こえる。
顔を上げるとさゆみさんが唇をかんでそこにいた。肩をぷるぷると震わせている。
…こんなさゆみさんの姿を見るのはちえさんの退団とゆりかさんの組替えの発表を受けて以来のことだ。

「なまえ、なんでこういう時にそういうこと言うんや!馬鹿ちん!…月組に行っても元気にしろよぉぉ」

そしてさゆみさんに思いきり抱き締められる。
身体が細い割に意外に馬鹿力なさゆみさんの腕力に私はのけぞって、痛い痛いともう一度叫ぶ。そんな私を救出するためにもう一度しーらんさんたちがさゆみさんを止めにかかるのはこのすぐ後のこと。
さゆみさんが少しだけ零れた涙をぬぐって、落ち着くのには少しばかり時間がかかった。一しきり思いの丈を叫んだからか、すっきりとした様子のさゆみさんとは対照的に私やしーらんさんたちは少しだけ疲れていた。

「あ、そうや。なまえ」
「はい」

そこでさゆみさんの隣に座っていたしーらんさんが声をかけてきた。彼女は視線を教室の扉へと向けながら言う。

「さっき、ぴーすけの奴が顔真っ青にして廊下出ていったで」
「ぴーすけ?…え、どうかしたんですか。病気?」

頭の中で星組の中でも仲の良い下級生の姿を思い出しながら、そう言うとしーらんさんが呆れた顔で顔を横に振った。

「違う違う。病気やったらあんたに報告するわけないやろ。なまえの組替え発表聞いたからやで、あれ」」
「私の組替え発表を聞いて…顔を真っ青に?」
「そう。あの子、あんたのことごっつ好きやから…きっと。……追ってやんな」

意味はよくわからなかったけど、とにかく追えという上級生命令に従って私は廊下へぴーすけの姿を探しに飛び出た。周囲を見渡してもおらず、どこに消えたのかと廊下の曲がり角まで行くとそこにはかっこよく足を大開きにしてベンチに腰掛けるぴーすけの姿があった。

「ぴーすけ、おーい」

声をかけたが返事はない。悩まし気なため息を零すばかりでこちらを見ようともしない。
…え、気づいてない感じか?これ。
もう一度声をかけるがやはり返答がないため、そばまでよって声をかける。

「ぴーすけ、ちょっと。大丈夫なの」
「……え?…うわ!」

そこで私に気づいたぴーすけ。ぼんやりとした目で私を見上げ、はっとした顔でその場から飛びのいた。あまりにもいいリアクションに思わず笑いが零れるが

「ちょっと、どうしたの。