パールホワイトに身を染めて
ぱちぱちと、火花が散る音がして目が覚めた。
午前4時。良い子はとっくに眠っている時間であるが、ここにいるのは皆良い子とは言い難い者達で溢れている。
寒さも厳しくなってきたこの頃、簡単な任務を済ませたベルフェゴールはそのまま談話室を訪れ、暖炉のすぐ傍にあるソファに座り込んでいれば、足元から訪れた暖かさについ転寝をしてしまっていた。
「あ、やっと起きた」
来た時は誰もいなかった筈の部屋に、聞きなれた透き通った声が響く。片目を開けて声がした方に視線を向けてみれば、思った通りの人物がいた。
「いつからいた」
「うーん、30分くらい前かな」
思っていたよりも眠っていた事に内心驚く。
気配には敏感な筈だ。まあそれはお互い様でもあるが、わざわざこの談話室に入る時に尚いっそう気配を殺して入る者などそうそういないだろう。それだけ彼が眠り込んでいたのか、それとも相手が彼女だからだろうか。
「珍しいのね、疲れたの?」
少し離れたソファから立ち上がり目の前まで来た彼女は、ベイビーブルーの缶箱の中からクッキーを一つつまみ上げるとベルフェゴールの顔の前まで持っていった。
「いらね。もう餓鬼じゃねーんだから」
「疲れた時は甘いものよ」
ほら。と、彼女は押し付けるようにクッキーを口元まで持っていく。丁寧に整えられた爪にはいつもパールホワイトのネイルポリッシュが塗られていた。
渋々とベルフェゴールは口を開ける。入ってきたクッキーを噛み砕けば、優しい紅茶の香りとほどよい甘さが口の中に広がった。いつまでも子供扱いをしてくるのは癪だが、ベルフェゴールはなんだかんだ彼女──れんには素直に応じてしまうのであった。
◇
これは随分前の話である。XANXUSが眠りにつく前、ベルフェゴールがヴァリアーに入隊した頃の話だ。
「あれは天才だ」
誰かがそう呟いた。
8歳にしてヴァリアーに入隊したベルフェゴールは、殺しのセンスが兎に角良かった。同じヴァリアー隊員が天才だと圧倒されるほど。
だがたとえ殺しのセンスが天才的だったとしても、彼はまだ子供だった。その上、生まれも過去の経歴も一般人とは違う相手に、ヴァリアーの隊員達はかなり手を焼いていた。
「歳も一番近いしお前が見ろ」
上司兼、師匠でもあるS・スクアーロはれんにベルフェゴールの世話係を命じた。
「え、私になんて……」
「文句言わねぇでやれぇ!」
他の先輩達が手を焼いているのに、ベルフェゴールよりかは年上であるが他の隊員の中では一番年下である自分にそれを命じるのは最早押しつけなのでは無いのかと、当時のれんは思った。
「自分より弱いと言うこと聞かないし暴れるって聞いたんですけど」
「あいつより強けりゃ問題ねぇだろ」
「それは、そうですけど」
結果から言うと、ベルフェゴールは想像以上の問題児であった。
「誰こいつ」
前髪のせいで瞳は見えないが、訝しげな表情をしていることくらい、への字に曲げられた口元と、声音で分かる。随分と可愛らしくない子供だと思ったが、同時にとても綺麗だとも思った。何が、とは当時のれんには表現することが難しかったが、恐らく8歳にして凄まじい過去を持っていたからこそ、そう見えたのだろう。
「あなたの世話係になったれんよ」
ベルフェゴールは心底嫌そうな表情をしてから顔を背けると、その後は何も答えなかった。それもそうだろう。何せ、今まで世話係としてやって来たどの隊員よりも幼くて弱そうな女がやってきたのだから。
毎日共に過ごしていけば、いつかは心を通わせられることが出来るかもしれない。初めはそんな浅はかな考えを持っていたが、それはすぐさま覆されることになる。彼との日々は兎に角振り回されてばかりであった。
会話をしてくれるようになったものの、悪戯は日常茶飯事。兄を殺したように、れんのことも殺そうと、日々遊びでは済まされないようなことだって沢山あった。
「意外とくたばんねーな」
「あのねえ……」
「お前、それで戦うんだろ?」
指をさした先にあったのはれんの腰元にぶら下がるサーベル。すらりと伸びた刀身は、爪に塗られたパールホワイトと同じ色の鞘に収まっている。
「お前じゃなくて、れん」
「なんで抜かないわけ?」
本気で無いとはいえ、毎日殺そうとしてくる相手に、れんは一度も剣を抜くことは無かった。そして今までベルフェゴールの世話を焼くことになった者の中で一番強かった。それがどうしても不服らしいベルフェゴールは苛立ちを隠すことなく告げる。
正直なところ、ベルフェゴールは本気では無かったかもしれない。だがそれでもやはり彼は天才なのだと、つくづくれんは思い知った。今は剣を抜かなくて済んでいるが、いつか本気を出されてしまっては今までのように受け逃がすことはまず無理であろう。それでも、頑なに剣を抜かないのには理由があった。
「武器を握る理由が貴方とは違うからよ」
まだ幼く、殺しを快感だと思う彼には理解し難い理由かもしれない。だが二人が死ぬことなく生き続けていれば、互いの付き合いはこれから先ずっと長くなるだろう。いつか分かってもらえればそれでいい。当初の考えを改め、れんはベルフェゴールとの関係をゆっくり築き上げていこうと考えた。
しかし思わぬ転機により、二人の距離は縮まることになる。
それは凍てつくような寒さが続いていた、ある冬の出来事であった。