吐き気がするほど幸福な


 十年前、ヴァリアーの皆と一緒に居たいと父に懇願した時は大層驚かれ、こっ酷く断られた。まあそれも当然かと頭では理解しても心はそうはいかなかった。考えてみれば過去に自分の意見を通したのはあれが初めてだった。両親からすれば人生最初のお願いがあれだなんて困っただろうし、父は詳しい事情も知っていた為尚更困惑しただろう。両親は何時だってわたしのことを気にかけてくれていたし、血は繋がって居なくとも本当の娘の様に育ててくれた。それに戸惑ったり引け目を感じていた時期があったのは確かだが、わたしは両親に感謝しているし、養子である事に今はもう何もマイナスな気持ちは無い。

 イタリアに行ってからは修行の日々だった。ルッスーリアから体術を学び、スクアーロとベルからはダガーの扱いと身のこなし方、マーモンからは幻術に対する耐性と対処の仕方、レヴィさんからはマフィアやボンゴレの歴史等。毎日学ぶ事は沢山あった。
 そしてわたしがメインで扱っている二丁の銃はザンザスさん直々に教わる事になる。ザンザスさんと同じスタイルの銃。贈ってくれたのも彼自身であった。わたしの宝物。日本に戻っていた時期はリボーンにも修行を付けてもらった。過酷な毎日ではあったがヴァリアーにいる為に父とザンザスから提示されたのは自分の身を守れる様になる事が条件だったので、何としてでもこなさなければいけない日々だった。



 辛い事も沢山あったけれど、辛い事ばかりでは無かった。ヴァリアーの皆と過ごした日々はわたしの大切な時間だった。

 再び皆で一緒に食事が出来た事。あの時の様な食事風景は今も健在で、避けながら食べる事ももう慣れたものだ。

 ヴァリアー邸で鬼ごっこした事。事の発端はベルと修行の一環と称して始まった攻防にスクアーロ達が巻き込まれ、怒ったスクアーロにヴァリアー邸を追いかけ回された。最後はザンザスさんに怒られて謝りに行ったのも思い出だ。

 ベルと約束通りお寿司を食べに行った事。マーモンも共に連れて行き、駄菓子屋に行って五円チョコを沢山買った。

 レヴィさんとザンザスさんについて語り合った事。あれがあったお陰でレヴィさんはわたしを認めてくれる様になった。

 ルッスーリアと美味しいジェラート屋さんを食べ回った事。最後はお腹が痛くなってしまい二度と食べるもんかと誓ったのに、次の日にはちゃっかり二人でピスタチオジェラートを食べた。

 スクアーロと釣りに行った事。鮫を捕まえるなんて言って任務後そのまま向かったけれど、眠過ぎて船の上で結局眠りこけてしまい耳元で起こされたが、あまりの声の大きさに鼓膜が破れそうになった事は絶対忘れてなんかやらない。

 ザンザスさんとは……、数え切れない程大切な思い出がある。それは些細な出来事かも知れないけれど、わたしにとっては一つ一つ大切だった。
 学生の頃は勉強を教えて貰った。静かにしていれば彼の部屋にいても咎められる事は無く、ヴァリアー邸内で一番静かで落ち着ける場所は彼の部屋だった為、よく入り浸っていた。
 彼は日本食が案外好きな様でわたしが作った手料理を二人で食べた事もあった。
 暖かく天気の良い日は外でアフタヌーンティーを楽しんだ。彼は甘い物は食べないけれど、一人じゃ寂しいからと言ったら舌打ちをしつつも隣に居てくれた。
 わたしが成人した時、初めてお酒を飲んだ時も彼が隣にいた。普段ザンザスさんが飲んでいるお酒はどんな味がするのだろうとずっと気になっていたから楽しみにしていたけれど、まだまだ子供なわたしにはお酒の味はまだ分からず喉が焼けるような熱さに困惑するばかりだった。

 春も夏も秋も冬も、彼と彼等と過ごした日々は大切でわたしの一番の宝物だった。わたしは今までの日々を忘れる事は絶対に無いだろう。





 吐き気がするほど幸福な






 共に居たいと願ったわたしに生きる条件を与え、生きる術をわたしに教えてくれたザンザスさんとヴァリアーの仲間。今のわたしは彼等に恩返しをする為にヴァリアー隊に所属している。ザンザスさんはわたしにそれを求めていない様で中々任務に駆り出される事はないからわたしのことをよく知らないヴァリアー隊員もいるだろう。現にフランともそこまで面識がある訳では無い。

 彼の傍に居たこの十年間はとても充実していて、とても幸せな日々だった。何度も死にかけて、それでも何度も立ち上がって、彼の傍にいる為に死ぬ気で生きた。
 でもそれももうすぐ終わってしまう。もう立ち上がることは出来そうにない。

 もう彼等と笑い合う事も出来なくなるのかと思うと涙が出てきそうだった。共に歩み初めて十年。振り返ればあっという間だった。彼等ともっと一緒に生きたかった。マーモンは先に旅立ってしまったけれど。

 わたしはまだまだこれからも一緒に歩んでいきたかったのに。