甘く、とろけるような
暖かさを感じた。それはとても心地よくて目覚めるのが勿体ないくらい。わたしはこの暖かさを知っていた、暖かくて一番落ち着く場所。
「おはようございます、ザンザスさん」
目が覚めたらザンザスさんが居た。彼はベッドの近くに配置されている猫足チェアに座ってわたしの手を握ってくれていた。
「夢を見ていました。昔の、幸せな夢」
「…………。」
「皆さんに沢山修行を付けてもらった事や、ザンザスさんに勉強を教えて貰った事。日本食を食べた事も。ザンザスさん、皆さんでお花見したこと覚えていますか?」
「ああ」
日本にはお花見という文化があると彼等に教え、開催されたヴァリアーお花見会。ボンゴレは元より日本が好きな事から庭には桜が生えていた。
日本食を用意し、桜を見ながら皆で食事をした。大人は勿論お酒も用意して。その日は大いに盛り上がり。どんちゃん騒ぎをして次の日レヴィさんは二日酔いになっていた。あの日も楽しかったなあ。なんだか夢を見てから感傷的になっているみたいだ。
「楽しかったですね。またやりたかったなあ」
「やればいいだろ」
「ザンザスさんも冗談言うんですね」
「冗談じゃねえ」
「ちゃんと解ってます。もうわたしは長くはありません。きっと昨日の夢も走馬灯みたいなものだったのかも」
ザンザスさんは怒っている様だった。
ヴァリアー邸の桜はもう散ってしまった。今年は忙しくて皆でお花見は出来なかったから一昨年が最後だ。来年は、もう居ない。
「ザンザスさん」
「何だ」
「もし生まれ変わってもザンザスさんの傍に居ていいですか?」
「……好きにしろ」
「ありがとうございます」
ありもしない来世の話をした。またヴァリアーの皆で集まってお花見をしよう、その時はマーモンもフランも二人とも一緒に。ボンゴレ十代目ファミリーとも一緒に出来たらなんて話したらそれは断られてしまったけれど。
甘く、とろけるような
ザンザスさんはずっと手を握ってくれていた。その温度はわたしの心の強張りを溶かす様にじんわりとわたしの中に入っていく。
「ザンザスさん。わたし、段々と自分の身体が動かなくなっているの分かるんです。このまま動かなくなってしまうことも」
「…………。」
「わたし、まだ、ザンザスさんと話したい事沢山あるのに。皆とやりたい事まだ沢山あったのに……っ」
「……ああ」
「独りは怖いです」
「独りじゃねえよ。最期まで傍にいる」
「……本当?」
「嘘じゃねえ」
「良かった……」
「生まれ変わってもまた来るんじゃ無かったのか?」
「うん……うん……行きます、ザンザスさんのところ」
涙は止められなかった。ザンザスさんはいつだってわたしの中の強ばった氷みたいなものを溶かしてしまう。泣くつもりなんて、無かったのに。これじゃああの助けた仲間に会えないよ。
「今日の事はオレしか知らない」
だから泣きたいのなら泣け。そう言われている様な気がした。
涙を吸った枕は重く冷たくなった。
泣き疲れて眠ってしまった後、額にキスを贈られた事をわたしは知らない。