夜はお静かに


 なまえが白蘭に刺された。彼女の命はもう長くは続かないらしい。それはヴァリアー邸内に瞬く間に広がった。
 彼女は良くも悪くも思慮深い人間だ。そんな彼女が敵地に乗り込みそう易々と正体を見せる筈がない。オレは何かの間違いだと思った。

 どうやらなまえは仲間を庇ったらしい。そうと分かればこの結果は納得がいくものだった。彼女はヴァリアー隊員としては甘過ぎる人間だ。流石は沢田綱吉の姉だと嫌味たらしく褒めてやれるくらいには。
 ヴァリアーに彼女が来た時、最初はヴァリアー隊員として彼女を受け入れなかった。それはボスが彼女に殺しをさせたくなかったのだろうと、今なら分かる。ボスはなんだかんだ彼女に甘かったし、彼女の事を大切に想っている。
 彼女はボスと沢田家光から提示された条件の為に努力をした。自分も彼女にナイフの扱い方や暗殺の方法を伝授したが、あんなものは感覚で行っているし、人に教えるというものは案外面倒だ。修行から遊びに転ずるのはいつもの事だった。
 センスは持ち合わせていた彼女が実力をつける迄、時間は掛からなかった。彼女は恩返しの為にヴァリアー隊員となりボスの力になりたいと懇願する様になったがボスはそれを許さなかった。しかし何年も名前も無いままヴァリアーに居るのも動きづらい為、名ばかりのヴァリアー隊員として彼女は今此処にいる。最近は人手不足もあってこうして任務に駆り出される日も少なく無かったが。その結果がこれである。
 正直なところ彼女と彼女が庇った仲間には腹を立てている。しかし甘さも含めて沢田なまえであると理解している為、彼女の為にもその仲間に手は下さないが。

 なまえはヴァリアー隊員としての日は浅いが、このヴァリアー邸にはかれこれ十年程いる。元々彼女はオレ達幹部と関わることが多かった為、下っ端の隊員とはそれ程関係は無かったが、ボンゴレ十代目の姉という肩書きはかなり大きく、彼女の存在はヴァリアー隊員のみならずボンゴレファミリーに所属している者であれば必ず知っていた。彼女がヴァリアー隊員として任務に当たる様になってからは、持ち前の包み込む様な暖かさに魅了された他の隊員から親しまれていたのは流石は大空属性と言ったところか。勿論彼女の魅力ある人柄は属性だけ成り立っているものでは無いのだが。

「げっ、何?お前らもなまえのとこ行くの?」

 なまえの部屋に向かう途中、最悪な事にフランとスクアーロに遭遇してしまった。どうやらこいつらも彼女に会いに行くらしい。

「嫌なら帰れぇ!」

「声がでかいスクアーロ作戦隊長こそ帰ったら?」

「ベル先輩と一緒かあ……はあ……」

「は?お前何嫌そうな顔してんだよ」

 オレ達は言い合いながらもなまえの部屋に辿り着いた。話し声が聞こえるところからどうやら先客がいるらしい。様子見で少しだけ扉を開くと中にいたのはレヴィとルッスーリアだった。

「なんだ、ボスかと思ったじゃん」

「ベル達も来てくれたの?ありがとう。いらっしゃい」

 なまえはオレ達に気が付くとふわりと笑った。それがなんだか儚く見えてしまって急に彼女が居なくなってしまう事に不安を覚えた。

「スクアーロもフランもありがとう」

「土産だ」

「わあ……!カンノーロだ!わたしが食べたいって言ってたの覚えてくれていたの?嬉しい」

「ミーは紅茶持ってきましたよ」

「フランもありがとう!ルッスーリア、皆の分入れてもらってもいい?」

「勿論よ」

 オレはルッスーリアについて行き、手伝う訳でも無くただただ横で作業を見ていた。ルッスーリアはそれを不審に思った様で作業を止めオレの方に振り向く。

「ベルちゃんは話さなくていいの?」

「別に何もねえよ」

「そう?」

「これ持ってくやつ?」

「そうよ。半分持つからそっち宜しく」

 部屋に戻るとなまえ達は昔の話で盛り上がっている様だった。

「フランを初めて見た時、変な被り物しているものだから驚いちゃった」

「今はベル先輩にこの趣味の悪いやつ被せられてますけどねー」

「おい聞こえてんぞ」

「アレ?帰ってきてたんですね、気付かなかった〜」

「気配消してねえんだから気付いてるだろ」

 それから長い時間、皆で取り留めのない話をした。誰一人として先日なまえがやられた任務の話はしなかった。解っていた、どれだけ皆で楽しい話をしたってこの時間は永遠では無い。必ず終わりが来るものだと、この楽しい空間は仮初に過ぎないと。





 夜はお静かに





「はい!そろそろ終わりにしないと。なまえが疲れちゃうわ」

 ルッスーリアのその一言で今晩はお開きになった。なまえの部屋から帰る途中、オレは歩くのを止めた。レヴィやスクアーロ達と距離が開いていき暫くしたらオレの脚は先程の部屋に自然と向かっていた。

 なまえのところに戻ると部屋はもう既に暗かった。やはり疲れていたのだろう。気配を殺し静かに部屋に入る。暗殺部隊に所属している自分は凡人より遥かに夜目が利くので彼女の姿は良く見えた。
 眠りにつく彼女はとても綺麗だった。月の光も相まって彼女の肌は白く、このまま消えてしまうでは無いかと心配なる程儚く見えた。そのままじっと見つめると彼女の睫毛が少しだけ震え、ゆっくりと瞼を上げた。

「……戻ってきたの?」

「…………。」

「わたしに言いたいことがあるんでしょう?」

「何で分かった」

「ずっと何か言いたそうだったから。……ベル、本当は怒っているんでしょう」

 今度は疑問形じゃ無かった。

「解ってるなら謝れよ」

「謝ったら許してくれる?」

「許さない」

「じゃあ謝らない。未練はあるけど自分の行いを後悔するつもりは無いわ。だからベル、わたしのこと一生許さないでいて」

「本当むかつく」

「ふふ、だよね」

 そう言いなまえはオレの手を握った。それはとても薄弱ですり抜けてしまいそうだったので、オレは強く握り返した。

「わたし、ヴァリアーの皆もベルも大好きよ」

「最後の言葉ってやつ?」

「ベルは相変わらず意地悪ね。これから言う良い事、教えてあげないわよ」

「なに?」

「もうすぐしたらね、わたしの取っておきが贈られてくるの」

「へえ。それで?」

「それをあげることは出来ないけれど、一番最初にベルに見せてあげる。中身は秘密ね。喜んでもらえるといいけれど」

「それって誰宛に贈られんの?」

「わたしを含めたヴァリアー皆によ」

 日にちと時間はざっくりとしていたが、場所だけはどうやら決まっている様だった。一体何が贈られてくるのやら。

「わたしが居なくなること、少しは悲しく無くなった?」

「はあ?悲しくなんか」

「わたしは悲しいよ。ベルに会えなくなるの」

「ざけんな。お前が言うな」

「ベルの分も言ってあげたのよ」

「お前、本当むかつくな」

 そう言うとなまえは笑った。悲しんでなんかやるものか、オレはずっとお前の事を許さないから。