マリア様は眠いらしい


 「はあいなまえ、来たわよ」

 彼女はもう自分の力で起き上がることも出来ない。刻一刻と残されている時間は迫ってきていた。
 なまえはちらりと此方に目線だけ寄越すと眉を下げた。

「……ルッスーリア。ありがとうね」

「何言っているのよ。礼を言われることじゃ無いわよ」

 彼女に会う為に毎日此処に通っているが、今日は頼まれていた物を持ってきたのだ。

「ねえなまえ、どうしてこれなの?」

 包装紙に包まれた其れを花瓶に差し、なまえの横に配置されているナイトテーブルの上に置いた。
 真っ直ぐと伸びた先にある本紫色の花、カキツバタ。先日突然なまえに持ってきて欲しいと頼まれたのだ。

「紫色ってね……、昔の日本では高貴なものの象徴だったのよ」

 冠位十二階っていうのがあってね。 となまえはゆっくりと教えてくれた。話し続けるのも辛そうであるが、彼女は出来るだけ話していたいのだと先日怒られてしまった為、もう無理に止めはしなかった。いや、出来なかった。

「これをね、ザンザスさんに渡したくて」

「ボスに?」

「ええ。ザンザスさんって高貴な感じするでしょう?」

 ふふ。 と彼女は笑う。確かにボスは高貴という言葉が似合うけれど。

「そういえば貴方、ボスに気持ちを伝えなくて良いの?」

 彼女達の関係に名前はついていなかった。誰が見たって分かるくらいお互いがお互いを想い合っているのに。

「こんな事言ったら、ルッスーリアには怒られてしまうかも知れないけれど……。死に行く人から想いを告げられたって、どうしようも出来ないじゃない?」

「…………。」

「……わたしは居なくなってしまうのに最後にそんな事言うなんて、残酷過ぎると思うわ。わたしが想いを告げたらきっと彼はわたしを忘れてはくれない。

わたしを想ってくれている事、ちゃんと分かっているのよ。だから尚更……」

 もどかしくてしょうがなかった。けれどなまえが言っていることはきっと正しい。ボスがなまえの事を忘れるだなんて絶対に有り得ない。そんなの、想いを告げなくなって忘れる筈無いだろう。

「なまえ、居なくなるなんて言わないで。貴方は死なない。必ず生きてボスに言うのよ。好きって」

「ごめんって」

 そう言えば。と話を変えるように、リングと匣兵器を持っていて欲しいと頼まれたのでデスクの上に置いてあった二つを手に取った。

「何よ急に、無理矢理話逸らしてなあい?」

「逸らしてないわよ。……ルッスーリア、貴方にはお願いばかりして申し訳ないと思っているわ」

「全く……。別に大した事じゃないわ」

「最後にねもう一つお願いがあるの」

「最後って……、なまえ!貴方……!」

「ごめんね……聞いてくれる?」

「っ………」

「大丈夫よ。ルッスーリア」

「何がよ」

「それはまだ内緒。お願いっていうのは、これも持っていて欲しいの」

「……手紙?宛先が書いていないけれど、誰宛なの?」

「秘密。だけど必ずこれが必要な時が来るから。ルッスーリアならそのタイミングが分かるはず」

「それって……」

「お願いね」

 何の事かさっぱり分からないのだけれど。と問い詰めたが彼女は答える気が無い様子だった。

「ごめん、ルッスーリア少し眠くなってきたみたい」

 また明日も来ると伝えると、わたしが居なくなったらカキツバタの花言葉を調べてみて。 と遠くから小さな声が聞こえた。





 マリア様は眠いらしい





「後はお願いね」