自分に残された時間がもう僅かだということは分かっていた。きっと、今日でわたしは居なくなる。
目が覚める時、意識が浮上してくる時間がやけにゆっくりなのだ。ああ、こうして意識が上がらなくなると人は死ぬんだろうなと理解した。
もう何処も彼処も自分の意思では動かせなくなっていた。話す事が出来るのが唯一の救いだろうか。ルッスーリアに無理に話すななんて怒られたこともあったけれど、今話さなかったらもう二度と彼等とは話せないし、伝えたい事は沢山あるのだ。我慢なんてしている場合では無い。
気配も隠さず誰かが此方に向かってきている。今日も来るって言っていたし、ルッスーリアだろうか。ルッスーリアが来たらザンザスさんを呼んでもらうように頼まなくては。
だがその必要は無くなった。此方に向かって来ていたのは、どうやらそのザンザスさんだった様だ。何を言う訳でも無くザンザスさんはわたしの顔を見下ろすと、指の背でわたしの頬を撫ぜた。それだけなのにわたしは何故だか泣きたくなってしまって、ザンザスさんの、あの深紅の綺麗な瞳を直接見ることが出来なくなってしまった。
「逸らすな」
ザンザスさんはそれすらも許してくれない。酷い人だ。わたしはもう彼の前で泣きたくなんか無いのに。
少しだけ零れた涙を指で掬うと、ベッドに腰掛けてわたしのお腹の辺りに ぽん、と掌を乗せた。毛布越しの筈なのに暖かく感じるのはわたしの気の所為だろうか。
「ザンザスさん」
「何だ」
「あのね、あれを貴方に」
わたしはちらりと昨日ルッスーリアに持ってきて貰ったカキツバタを見遣る。
「ザンザスさん」
「……何だ」
「もう大丈夫です」
独りは寂しいと泣いたあの日。ザンザスさんはずっと傍に居てくれた。さっきも顔を見たら涙が出てきてしまったけれど、もう、大丈夫。
「必ず幸せになるわ」
誰がとは言わない。わたしも。ザンザスさん、貴方も。ボンゴレファミリーは危機を迎えてしまっているけれど、大丈夫。心配しないで。
「ザンザスさん、ありがとう」
忘れてなんて言えない。忘れないでなんてもっと言えない。貴方には言えないけれど、わたしは絶対今日までの日々を忘れない。いつか未来が変わっても。
「カキツバタの花言葉は、幸せは必ずくる」
貴方に贈る言葉。夢なんかじゃないわ、既に幸せに続く物語は始まっている。今は悲しい別れかも知れないけれど、貴方には必ず幸せは訪れる。
来世のために死んだふり
そう。わたしは居なくなってしまうけれど、もう少ししたら過去からわたしがやって来る。
未来を変える為。過去のわたしがこれから歩む幾つものパラレルワールドの中で、こんな世界を二度と作らない為にも。
最後に見たのは星空とザンザスさんの暖かいパイロープガーネットの瞳。ああ、やっぱりわたしのこと忘れないで欲しいな。
「忘れるかよ」
「…………。」
「忘れてやるものか」
これから訪れる過去のわたしに未来と過去を託してわたしは眠りについた。
貴方にカキツバタを
Fin.