彼がボンゴレファミリーの暗殺部隊に所属しているらしいと知ったのは、あの日からもう十年以上経ってからのことだ。
 私は昔とは真逆の、白い衣に身を包み、彼でない主に仕えている。彼の兄であるラジエル様に。



 私はあの時にメイドという職業を辞めた。いや辞めざるを得なかった。
 当時、兄弟喧嘩なんて生易しい言葉で片付けるにはあまりにも現状は酷すぎた。それはそれはメイドであった私を含め、周りに居た人間は彼等の世話をするのは大変な毎日であったし、巻き込まれることは日常茶飯事だった。彼等のその喧嘩は日を重ねる程、酷くなっていく一方で、最後はベル様が兄であるラジエル様を刺したのである。
 そのお陰で城は大変な騒ぎになった。王子である二人が喧嘩の延長戦で片方が刺されるなど、あってはならないことである。本来王家を継ぐはずであった兄のラジエル様は刺され、刺した弟のベル様は忽然と姿を消した。城の中は混乱状態が続き、そうして衰退していった。そして私の様な彼等の面倒を見ていたメイド達は皆辞めさせられたのである。

 混乱状態の中、辞めさせられたのもあって、ラジエル様は亡くなっているものかと思っていた。そうでないと知ったのは、メイド辞めてから十年程経った頃、私の所に突然本人が訪れて来たからだった。あの頃と変わらずオルゲルトを隣に置いて。
 彼はあの時からひっそりと生き延びていたらしい。そして白蘭という男が手を差し伸べてくれたのだと、彼が自慢気に話していたのを今でも覚えている。何故私の所に来たのか疑問であったが、当時一番年齢も近く、二人の面倒を見ることが多かった私は彼等に好かれていた。特にベル様に。私はベル様のお世話をしていたのだ。彼はいつか、弟であるベル様にあの時のお返しがしたいのだと告げた。そしてその時は私にも隣にいて欲しいと。大方、私を引き連れてる事をベル様に見せつけたいのだ。彼の中であの頃の兄弟喧嘩は未だ続いていることに辟易としたが、私は彼の主張を受け入れた。

 こんなことを言うのは本当はあってはならないことだが、私はラジエル様があまり得意ではない。原因は当時ベル様のお世話をしていたことが関係してくるのだが……。そして反対にベル様には滅法甘かった。
 私が今ラジエル様の傍にいるのはベル様にお会いしたい一心からである。ずっと彼の近くでお世話をしていて、八歳という若さで忽然と姿を消してから彼の情報は何一つ知ることが出来ず、ずっと気掛かりであった。
 そしてラジエル様に仕えてから早数年、ベル様がボンゴレファミリーの暗殺部隊、ヴァリアーに所属していることを知ったのだ。



 白蘭率いるミルフィオーレファミリーは、最強と言われていたボンゴレファミリーをも壊滅状態に追い込んだ。そして今回イタリアにてボンゴレファミリーとの正面対決が決行された。勿論暗殺部隊ヴァリアーも今回の戦争に参加している筈だ。私はこの機会を逃す訳にはいかなかった。

「やっとあの時のお返しが出来る……。お前もちゃんと来いよ、なまえ」

「はい」

 私はベル様を一目見る事が出来ればそれで良い。近くに居ると思うだけで私は胸が熱くなった。

 戦いが始まり、私はラジエル様とオルゲルトと共に戦場へと赴いた。前方に嵐の炎が広がるのを見つけると、ラジエル様はニヤリと笑って先へ急ぐ。そうして彼の後ろに着いていくと、そこにはずっとずっとお会いしたかった彼の姿があった。

「え…………?なまえ?」

「ししし。そうだよ!あのなまえまでこっちの味方なんだ。なあベルよ、どうだ?今の気持ちは」

 久しぶりに見たベル様はとても大きく成長していた。昔と変わらずあのティアラを着けていて、金色の髪は少しだけウェーブが掛かっていてとても大人びていた。

「まじかよ……。全然笑えねー」

 彼は真っ直ぐに此方を見つめていたが、ラジエル様が傍にいる以上、下手な真似は出来ない。私は何も言うことはせず黙ったまま彼を見つめ返した。
 そうして戦いが始まると、ラジエル様の嵐コウモリによりベル様達は地に伏してしまう。

「散れよ」

「あ"っ」

「あ"はぁ〜!!ざまぁねーな、クソ弟!生まれた時からこうなる運命だったんだよ!」

 オルゲルトの匣兵器が二人と潰す。その光景にラジエル様は念願が叶い、喜びを隠しきれていない。
 城へ向かう彼等に、私は理由を付けその場を離れた。急いで彼の元へと走る。あの頃の、我が主の元へ。

「ぷは!……幻覚か……?」

「そーですー」

「!……誰だ?!」

 気配に気付いたベル様は此方にナイフを投げ付けた。私は木の後ろから姿を表すと、ベル様はあからさまに狼狽えた。

「いや、全然欺けてねーじゃん」

「あれー?」

「お久しぶりです。ベル様」

 私から全く殺意を感じなかったからか、ベル様は仲間を先へと向かわせた。エメラルドグリーンの彼は、私のことを量るようにじっと見つめてきたが、暫くすると「はー、これで漸く一人になれるー」と言ってその場を去った。
 彼の前髪のせいで見えないが、目は合っている、気がする。どちらから声を掛けるかお互い様子を窺っていると、先に口を開いたのはベル様であった。

「……メイドは辞めたのか」

「ベル様があの城を去ってから直ぐに辞めさせられました」

「ジルと一緒に居たのか」

「いいえ。数年前ラジエル様が私の元を訪れてきたのです」

 彼は私に一歩近付いた。あの頃とは違って彼は随分背も伸びたようだ。嗚呼、またベル様にお会い出来るなんて……。本当に大きくなられた。

「ベル様。ご無事で何よりでした……。あの日、忽然と姿を消してしまったものですから」

「何でミルフィオーレなんかに入った」

 その言葉に私は俯く。後から知った事とはいえ、ラジエル様と共にミルフィオーレにいる事を彼はあまり良く思っていない様だ。

「申し訳ございません……。ラジエル様と共にいれば、ベル様にいつかお会い出来るのではないかと」

 彼は遂に私の目の前まで近付いた。あの頃とは違い、彼を見上げる様に見つめる。前髪の隙間から覗く優美な瞳はあの頃と変わらず透き通っていた。

「ベル様。大きくなられましたね」

「そりゃ十年以上経ってるからな」

「ずっとヴァリアーに居たのですか?」

「あの後直ぐにな」

「……良かった……」

 彼が無事に生きているだけでそれで良い。私はやっと願いが叶ったのだ。もうこれでいい。

「ベル様。お願いがあります」

「何?」

「私をベル様の手で終わらせて欲しいのです。こんな事を主であった貴方にお願いするなど、失礼なのは重々承知です」

 このままラジエル様にずっと仕えているのも、彼がこの戦争で命を落としてからミルフィオーレに居続けるのも、他の誰かの手によって死ぬのも嫌だった。私は不躾ながら彼に頭を下げた。

「生きたくねえの?」

「元々私はベル様の世話をするメイドでした。貴方が居なくなり、メイドでなくなった時点で私の役目は終えているのです。他の方の為に自分を捧げる事は出来ません」

 彼は少しだけ悲痛な面持ちを浮かべると、静かにナイフを構えた。

「一番痛くないようにしてやるよ」

「ありがとうございます。……ベル様、どうかこれからも息災で」

 そう言うと彼はあの頃と変わらない笑い声を漏らした。彼のナイフが私に刺さる、嗚呼、本当に痛くないようにしてくれたのか、ちっとも辛くはない。それともずっと願っていたことが叶って胸がいっぱいなだけであるのか。どちらにしても私の願いは叶ったのだ。ベル様がこの世に生まれたあの日、ベル様専属のメイドとして生きる意味を授かった私が最初に願ったこと。それは彼が健やかに育ち、それを見守りたいというささやかな願い。
 神様どうか、彼がこれからも健やかに過ごせますように。最後に見た景色は彼の美しい金色と、嵐属性の彼に相応しい真っ赤な赤色であった。
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