

誘い
祐季は話せば笑顔も見せるとわかるが、変に落ち着いていて何を考えてるかがわかりにくく、特に親しくない兵士からは"取っ付きにくい女"と思われていることが多い。
確かに不思議なところはあるものの、取っ付きにくいわけではないと鯉登は思っている。彼女はよく考えてものを言う人であり、性格も落ち着いていて、こちらの話をじっくり聞いてくれる。全てを受け止めてもらえているようで、一緒にいて気持ちが安らぐのだ。
しかし、安らいでいたのはつい先日までのこと。月島もいる中で彼女に振られたショックで、鯉登は部屋を訪ねることが出来ないでいた。いたのだが、直属の上官からいい加減早く一緒になれと発破をかけられているため、鯉登少尉はかなり勇気を出して祐季の部屋の前までは来るのだが、いつも襖の前で引き返してしまう。
しかしつい先程、上官・鶴見から「温泉宿をとっておいたから、彼女と二人きり、明日から二泊三日行って来なさい」と命じられたため、何が何でも部屋の中に入って、このことを伝えなければならない。
「鯉登少尉殿。」
「キエエエエエッ!!!!」
緊張のあまり、背後の月島から呼ばれただけで猿叫を上げるていたらくである。仰け反った姿勢を正して恨めしそうに睨むも、いつもの無表情で見つめ返される。無言なのに、「入るならさっさと入りなさい」と冷たく言われている気になる。しかしこうして月島軍曹が同行しているのは、鯉登少尉が彼女にきちんと伝えられるよう鶴見中尉が保険としてつけたからである。月島に文句は言えない。
「鯉登さん、いるなら中へどうぞ。」
「キエエエエエエエエッ!!!!」
襖の向こうから名前を呼ばれ、鯉登はまたもや猿叫を響かせた。
「なぜ私だとわかった!?」
「あんなにけたたましい声を上げるのは鯉登さんくらいです。」
「キエッ、」
襖越しにはっきり言われて思わず体が強張るが、今日こそはちゃんと部屋に入らなければならないと、きゅっと唇を締めてから襖に手をかけ、部屋に入る。
せっせと手際良く、いつもの如く無駄のない動きでお茶の支度をする祐季を見つめながら、鯉登は気持ちが落ち着かない。鯉登と月島が部屋に入ってから、3人共無言である。それぞれ、無言で用意された座布団に無言で座り、無言でお茶と茶菓子の用意をしている。
祐季のワンピース姿をしげしげと観察し、改めて彼女の胸が豊満であること、まつ毛が長いこと、鯉登の母親と同じように肌の色が白いこと、を確認して胸の鼓動が痛いくらいに速くなるのを感じたので、心酔する上官から以前教わった通りに深呼吸をして心身を整える。
「どうぞ。」
しばらくして出されたお茶と、茶菓子の金平糖。正座して両の手を左右それぞれの膝に乗せたままガチガチに硬直する鯉登をよそに、祐季は悠然と茶を啜り、ぽりぽりと金平糖をつまんでいる。そして、そんな二人をただただ無言で見つめ、傍観者の姿勢をとる月島。
そんな状態が十分か十五分か続き、ようやく鯉登は口を開いた。
「…祐季は薩摩の生まれだと聞いたが、一度も訛りを聞いていない。育ちは東京か?」
「私が訛ってないのは、幼い頃から敬語を話してきたせいです。母方の祖母と話す時は訛ってましたけどね。」
「敬語で話すような家柄だったのか?」
「いえ、小さい頃は年上ばかりに囲まれて、訛って砕けた話し方が出来るような相手がいなくて。よほど親しい友人が相手なら訛りますけど、正直、敬語で話す方が楽です。」
思っていたより普通の対応なので、鯉登はなんだか肩透かしを食らったような気になる。彼女は、自分を振ったことは微塵も気にしていないようだ。そもそも振ったという認識自体、抱いていないのかもしれない。
「……それで、私に何か用事があったんじゃないですか?」
「む?」
「わざわざ月島さんを同行させていらっしゃったということは、用事があるんですよね?」
「あ、ああ。その…だな、明日から二泊三日の温泉旅行に行くことになったから、それを伝えに来た。」
「皆さんとですか?」
温泉旅行、と聞いてわずかに嬉しそうな表情を見せた祐季に対し、自分と二人きりだと答えた鯉登の顔は、わかりやすく真っ赤であった。