私だけの特別な


「あれ、今日は一人? 暇なら俺と茶屋に行かない?」

厠に行っている月島を外で待っている祐季に、そう声をかけてきた一人の兵士。
風景を眺めていた目をチラッと彼に向けると、相手はニタニタと笑みを浮かべていた。
下品な笑みだな、と反射的に思った祐季は、彼を出来るだけ視界に入れないよう目線を下げる。

「月島さんを待っているところなんで、お断りします。」
「良かったら俺が町を案内してやるよ。」
「お断りします。」
「つれないなぁ。」

すぐに諦めてくれそうにない男を前に、段々と祐季の目つきが鋭くなる。
男は一歩前に進み、壁際に立つ祐季との距離を詰める。ニタニタと笑いながら。

「鯉登少尉や月島軍曹や宇佐美上等兵は良くて、俺は駄目なんだ?」
「…………。」
「あれっ? 無視?」
(頭の悪そうな奴だな。)

そう頭の中で小馬鹿にしていれば、男はそんな祐季を上から下まで舐めるように見た。

「可愛い顔だし、乳も形がいい。上玉だな。……もう誰かと寝たのか?」
「くだらんことを言っている暇があるなら少しは銃の練習でもしたらどうだ。山本一等卒。」
「! 月島軍曹……。」

丁度厠から戻って来た月島に睨まれ、山本一等卒は最後に祐季をチラッと見てから渋々この場を立ち去る。
行ったのを確認すると、はぁ、とため息をついて月島は祐季の方を向いた。

「待たせてしまってすまなかった。」
「いえ。」
「しかし、普通ああいう時は大きい声を出して助けを求めると思うんだが……。」
「あと少し月島さんが来るのが遅かったら、股間を蹴り上げるか顔面に殴りかかるか、頭突きを食らわせるか目潰しするかしようと思っていました。」
「男所帯の中でたくましいのはいいことだろうが、年頃の娘がそんな物騒なことを言ったり、『股間』などと言うものじゃない。…来るのが遅かったことは謝る。」

ここ最近ですっかり砕けた口調になった月島。彼からの小言はまるで母親のようだと思った祐季は、何だかおかしくて「ふっ」と思わず笑ってしまう。
何かおかしなことを言っただろうか、と頭の中で疑問符がポンポンと次々浮かび上がっている月島。
キョトン顔の彼を見てまた笑う祐季。

「すみません、お母さんみたいなことを言うんだな〜と思うともう、おかしくて……。」
「なっ!?」
「ふふっ。……ああ、それと、私は28歳なので“年頃の娘”ではないですよ。」
「え!?」
「ふっ。」

目を見開いて驚く月島軍曹と、笑いをこらえる祐季。
しばらく口を開けたままでいた月島だが、ハッとして咳払いをすると「あまり人をからかうもんじゃない」と言ってそっぽを向いた。










「随分と楽しげに話していたな? 月島軍曹。」
「何がですか。」

翌日、月島軍曹と鯉登少尉が同じ部屋でいつものように仕事をこなし、少し時間に余裕が出来た時。
鯉登が恨めしそうに月島を睨み、隣に座った。

「とぼけるな月島ぁ! 私は見たんだぞ? 昨日、廊下で楽しそうに仲良く、笑顔で会話している祐季と貴様をな!!」
「あー、はい。それがどうかしましたか。」
「どうかするわ!! 祐季が笑顔を見せるのは私に対してだけだったというのに、月島にも笑いかけるようになってしまった……!」
「今迄が無表情すぎたのですから、いいことじゃないですか。」
「近頃ではあの宇佐美上等兵とも笑顔で話すようになったと聞く……。
はああぁぁぁ〜〜〜、祐季がもし、尾形に対しても笑顔を見せるようになったらこの世の終わりだ……。」

大袈裟にため息をついて嘆く若い上官。
話しているうちに判を押し終わった書類の束をトントンと揃えると、月島はそれらを封筒に入れてようやく鯉登を見た。

「他の者たちの前でも笑うようになったからといって、彼女の笑顔の価値が下がるわけではないでしょう。」
「そんなことはわかってる! ただなぁ、優越感がほぼなくなってしまうのだ……。」
「……笑顔の他に、あなただけにする行動は何かないのですか。」

月島が問うと、項垂れていた鯉登は途端にパッと顔を上げ、今度は嬉しそうな顔をした。

「おお! あるぞ!! 何でも祐季は九州の南で生まれたようでな? 母方の祖母が薩摩弁に似た言葉を話していたらしく、私の薩摩弁を大体だが理解出来るのだ!
祐季は方言に興味があるらしく、もっと薩摩弁について教えて欲しいと言うので、最近は会うといつも薩摩弁講座をやっている!」
「良かったですね。」

特に感情は込められていない月島の言葉だが、鯉登はそれは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべて大きく頷いたという。









あとがきという名のガヤ


モブ兵の山本一等卒は、杉元くんよりも銃が下手くそという、至極どうでもいい設定があります(笑)